二度目の冒険3
「五から六ってとこかな?」
「いいえ、更に五メートルほど先にもう二体います」
「あ、そこまでは分からなかったな。やっぱ
「ふふ、魔力の総量で言えばステラさんにも出来ることですよ。それにステラさんはほとんど
「え? え?」
二人の会話に、すっかりルネはパニックだった。
何一つ気配を感じられないことをさることながら、
「っと――来るよ! ルネくんは下がってて!!」
が、そうこうしている内にステラはガチンと二つ折りの刃を露出させ、未だルネには見えぬ敵へと身構える。
それから程なくして……ようやくコロコロと、何かが転がってくるような音が聞こえた。
小さな球体だった。子供の頭ほどの大きさの、灰色で硬そうなボールである。
が、それを見て『なんだただのボールか』なんて汗を拭うことはない。こんな地下でボールなんてあり得ないし、誰かが蹴ったわけでもないのに自発的に近づいてきている。
一体これはなんだ?
ルネがそう思う、次の瞬間であった。
――ガシャ! ガシャン!!
――ガチガチ……カタカタカタカタ!!
展開した。
ボールのあちこちがパカっと開いて、そこから細い足が伸びた。それも一本や二本ではなく、三本四本になって止まらない。
敢えて言うなら蟹や蜘蛛の形であるが、伸びた足は更に枝別れしており、体毛のような細い糸をニュルニュルと出し入れしている。
更には目に当たる部分も大きなモノアイかつ、昆虫のような形の複眼だ。ただし昆虫のそれとは明らかに違って、個眼それぞれに瞳孔らしきものがあって、その一つ一つが独立して動いている。
かように、とことん集合体というものを意識させられる機械を前にしたルネは――
「気色わるっ!!」
と、素直に悲鳴を上げた。
なにせこんな趣味の悪い魔物はこれまでお目にかかったことがない。というかあってたまるか。こんなもんと道端でエンカウントしようものなら――敷いていた圧政や野望を抜きにして――あの魔王の正気を疑っていたことだろう。
「なぁんだ。製造50年も経ってないAA35……ただの警備型オートマタかぁ」
が、ステラは何の違和感も抱かず……というか肩透かしのようだった。
「たぶんスカベンジャーとかが仕掛けていったんだろうね。未知の魔物とか失われた古代技術とか、そういうのを期待してたんだけどなぁ。ロマンがないよまったく」
「ステラさん。トレジャーハンターにロマンなんてものは必要ありません。私達は無事に聖遺物を持ち帰ることが仕事であり、滞りなく、退屈なくらいがちょうどいいのです」
「分かってるってば。でもちょっとくらいは、そういうのを期待したっていいじゃんか? きっと大勇者様はこんな普通の相手じゃなくて、物凄い敵と剣を交えていたんだから」
ない。絶対に相手にしてない。
ルネは二人の会話にそう思った。それは見た目的な意味はもちろんのこと――
「まぁお喋りはこの辺にして……っと!!」
戦力的な意味でもだ。
目にも止まらぬ跳躍をするステラに、機械仕掛けの魔物達もまた凄まじい速度で追従する。
彼等の無数の手足は鋭く尖っている。それで彼女の腹を突き破らんと、矢継ぎ早の突きを見せるのだが、
「はっ! ほっ!」
ステラはその全てをさばき、軽くいなしていた。
「そこっ!!」
それどころか乱打の合間を縫って剣を叩き、返り討ちにしている。
まずは複眼ごと貫かれた一体が地面に叩きつけられ、コポコポと血反吐のように真水を吐き出しつつ、その機能を停止する。
「遅い!!」
「PI!?」
次に犠牲になったのは、背面から八つの足で抱え込もうとした一体だ。
まるで目が後ろについているかのように、彼女は振り返ると同時に回し蹴りを放った。
石壁にまで叩きつけられたソレは足を四散させ、ハラワタから塵のようなものを零す。それがボイラーによる動力原だったのか、燃やすものの流失によって動かなくなる。
「PPP!!」
「っ!?」
が、やられてばかりの機械兵士ではない。
もう一体が足を延ばしたかと思うと、無数のワイヤーで彼女を包み込んでしまった。
ニュルニュルと出し入れしていた体毛の正体だ。足から噴き出した糸は、まるで食虫植物の触手のようだった。
「P、PP」
「PIPIPI」
蒸気と機械音ばかりで、何のやり取りしているのかは分からないが、少なくとも生け捕りという平穏な会談ではないことは分かる。
それでもステラは落ち着き払っていた。大きく息を吸って、肺に一杯溜め込んで、キッと目力を強めたかと思いきや、
「はぁ!!」
「「PIIIIIII!?」」
突如として彼女を中心に爆炎が発生し、機械魔物を燃やし尽くした。
がちゃがちゃと砕けた機械の破片が地面に落ちる音を、遠い世界の出来事に感じながらルネは思う。
移動速度も破壊力も見ての通り。触れられたら負け。触れても負け。
どないせーっちゅうねんと、改めて味方のことながら、現代の勇者にチート染みたものを感じざるを得なかった。
「ああ……戦闘に関しては流石ですね、ステラさんは」
と、そんな戦闘を見守りながらリジーが言った。
頬に手を当てて、心なしかうっとりとしている。
「
「…………」
「それでいて
「…………」
熱に浮かれたようにつらつらと説明を……説明なんだろうと推測する。
というのも謎の固有名詞の連続に、ルネはまったく付いていけないのだ。
不意に思い出したのは連載冒険小説だ。魔王討伐の前は愛読していたのだが、旅に出てからは中々追うことが出来なかった。
そうして一年、二年が過ぎて、久方ぶりに古本屋で続きを手に取った時は――何もかもが変わり果てていた。かつての宿敵は雑魚キャラに成り下がり、一方で主人公グループは謎の能力を手にしていて、意味不明な固有名詞を連呼していた。
いまルネが味わっているのも、その時の気分に等しい。
ルネはあらためて理解する。この世界の――そう。言わばインフレに置いて行かれているのだと。
「リジー! そっちに一体行ったよ!!」
「!?」
が、ステラの訴えにルネはハッとする。
確かにその通りだった。ステラの猛攻から逃れた一体が、その無数の足を広げて、リジーへ飛びかかろうとしているではないか。
「下がっていてください」
リジーはそれに気づいてなお、ルネを下がらせようとした。
「駄目だよっ!」
しかしルネはその手を掻い潜り、彼女の前へ躍り出る。
悔しいわけじゃないし、ましてや見返してやりたいわけでもない。
ただ前衛がステラなら、リジーは後衛職だと思っていたのだ。そこに身を挺して守るのが自分の仕事だと、たとえ力の差は明らかでも肉壁くらいにはなれるだろうと、半ば反射的な動きでもあった。
「や、そうじゃなくてですね」
しかしリジーは呆れたように、軽くため息を吐きながら言う。
「前に出られると邪魔だから下がりなさいと、そう言ったつもりなんですが?」
「…………へ?」
「PP!」
その発言にぽかんとするルネと、鋭い前足を突き刺ささんと威嚇する機械。
そんな次の瞬間だった。ぶわっと汗が吹き出しそうなくらいに強い熱をルネは感じる。まるで目の前に太陽が降って落ちたかのよう。
そして――
「
爆ぜた。
何もない筈の空間が膨張して、凄まじい爆発をもたらしたのだ。
「ぐおおおおおおおおおおお!?」
当然ルネもぶっとばされる。
それはかつて味わった爆裂魔法の何倍も規模が大きい。爆心地にいた機械仕掛けの魔物は木っ端みじんになり、ほどほどに離れていたルネ自身もゴロゴロと何度も転がり、ようやく立ち上がれる有り様だった。
「だから言ったじゃないですか。離れてろって」
そんなルネを横目で見て、リジーは肩を落とす。
「さ、さっきのは一体?」
「なにって、攻撃魔法ですが?」
「こ、攻撃魔法って……」
リジーの佇まいを見てルネは思う。とても攻撃魔法を仕掛ける魔法使いの姿には見えないと。
なにせ彼女は構えているのは霊験あらたかな杖でも聖書でもなく、たただた無機質なガラス試験管である。中でちゃぷちゃぷと揺れているのは透明な液体で、どう逆立ちしても武器の類には見えない。
「それ、なに?」
しかし錬金術の類なら或いはと思ったルネが試験管を指差す。
「ほとんど水ですよ。成分的には」
が、そんな憶測もリジーはバッサリ切り捨てる。
果たして『ほとんど水』とはどういうことか? あれだけの威力を放った理由になっていない。
「PPPPPPPPPP!!」
しかし考えても答えは出ず、それよりも先に第二波が刃を向けた。
隠れていた二体の機械兵だ。まるでやられた仲間の仇と言わんばかりに、複眼がチカチカと眩しく点滅している。
「まったくしつこいですね……っと!」
すかさずリジーは、その指に挟んでいた試験管を投げる。
ガシャンと装甲に割れて、ダラっと中の液体が流れ落ちる。
うん。確かに水だ。
水の入ったガラス瓶をぶつけただけだと、ルネもその時点ではそう思う。
「
が、同じようにリジーが唱えた瞬間だった。
その『単なる液体』がとてつもない熱を放ち、周囲の空間ごと螺旋状に吸い込んでいく。
そしてルネは不意にその現象を理解した。
フライパンだ。野営地において交代で夕食を作っていた時を思い出したのだ。
冒険者は誰もが料理に長けているわけではなく、時に炭と化した料理や、塩の効きすぎた料理で一夜を明かすこともある。
そんな失敗例の一つとして『暖め過ぎたフライパンの逆襲』がある。焚火に熱したフライパンに水滴を落とすと、なにくそと言わんばかりに調理者へと跳ね返る。
今起こっている現象もそれと同じ――いや、その何倍も規模が膨らんだものだ。
何処にでも起こり得る当たり前の現象は現代魔術によって押し上げられ、火山に流れ込んだ地下水のような、とてつもない水蒸気爆発へと転化していた。
「ぎゃあああああああああああ!?」
悲鳴と共に、ルネはまたしてもゴロゴロと転がる。
当然直撃した二体は爆破四散。哀れにも跡形も残っていない。後に残したシーンとした静けさが、その暴力の足跡を浮き彫りにしている。
「けほっ、けほっ……おーい! そっちは大丈夫ー!?」
と、煙の向こうからステラが手を振って現れる。
「相変わらずリジーの魔法は派手だねえ。こっちまで巻き込まれちゃうかと思ったよ」
「よく言います。ステラさんなら直撃したって怪我一つしないでしょうに」
「そ、そこまで人間捨てちゃいないよ!! 流石に怪我くらいはするから!!」
「――――」
絶句しつつ、怪我程度で済むのかとルネは思う。
こちとら爆心地から遠く離れていても吹き飛ばされ、今も全身かすり傷だらけだ。直撃なんてしようものなら、骨の一片が残っているかさえ怪しい。
「終わったよ、ルネくん」
と、離れて尻餅をついているルネに気付いたステラが微笑む。ルネは立ち上がって答えようとするも、ズキリと刺激が走り、すぐに膝をついてしまう。
見下ろすと機械の破片が太腿に突き刺さっていた。驚愕とパニックの連続で痛みを忘れていたのだろう。
「え、怪我して――」
ステラが眉を曇らせ、そんなルネに向かって駆け出そうとした時だった。
「ルネさん上!!」
リジーの叫びに見上げると――あちこちの装甲が歪み、ぷすぷすと煙を上げながらも――複眼をギラギラと光らせた機械兵が、ルネに飛びつこうとしていた。
彼女達はただ一体だけ仕留めきれていなかったのだ。そして機械兵は飽くまで『侵入者を排除する』という命令を愚直に遂行しているのか、ボロボロになった身体でも始末できそうな、この中で一番弱そうなルネへと刃を向けている。
(駄目だっ! 間に合わない!!)
ステラもリジーも軽く五メートルは距離が離れている。
助けが来るよりも、自身が串刺しにされる方が早い。
そのことを咄嗟に判断したルネは剣を抜く。
現代の技術が生み出した機械魔物による一撃を、果たして自分が受け止められるだろうか?
簡単に押し切られて、胴を貫かれる未来は容易に想像出来た。
だがしかし――
(…………え?)
刹那、ルネはまたしても信じられない光景を目の当たりにした。
走馬燈さながらのスローモーションの中、ステラが機械兵へと追いついていた。
まるで紙芝居のページが切り替わったかのように、離れていた距離がコンマでゼロになっている。
そしてこれまでよりも一層激しく、暴力的なエネルギーを感じた。
さながら放たれた大砲のように、後方に熱の残滓を発しながら、彼女は加速し続けている。
「はあああああああああああ!!」
「P――!?」
やがて激突し、弾けた。
ルネへと向かう寸でのところでぶつかった機械兵は、剣で刺されたわけでもないのに砕け散る。
ステラ自らの速度と質量によってだ。その衝撃は壁に押し込まれても殺しきれず、石を穿ち、大きなクレーターを作り出していた。
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