そっちの方がずっとマシ


「だ、だれ!? 誰ですか貴方は!!」


「ぐぇ!?」


 それからいの一番にルネの下へと駆け寄り、胸倉を掴み上げられる。

 その出で立ちは学者らしいというか、少なくともステラよりは細身であるにも関わらず、現代人らしい剛腕っぷりを見せる。


「ちょ、ちょっとリジー!? ルネくんだよ!! ルネくんだから!!」


「はぁ!? 誰ですかルネって!?」


「もう忘れちゃったの!? このあいだリジーが治療した男の子だよ!!」


「あ……」


 ステラの訴えにドサリと、ルネは床に投げ出される。

 ゲホゲホと席をしながらルネは思う。大船どころか泥船じゃないかと。


「ステラさん、どういうおつもりですか?」


「どういうつもりも何も――」


 と、説明を求めるリジーにステラは経緯を説明した。

 貴重な聖遺物と引き換えに旅の同行を受け入れたこと。ルネは記憶喪失で右も左も分かってないから放っておけないこと。

 そもそもリジーが見捨てるようなことしなきゃ云々と、最後の方は非難めいた言い回しだった。当然のことながら、リジーのジト目と眉間の皺も強まっていく。


「あのですねステラさん。先日も言いましたが、犬猫を拾うんじゃないんですよ?」


 そうして聞き終えた後に、リジーは怒鳴りたい気持ちを押さえつけるかのように、形のいい鼻根を指で摘まみながら言った。


「幾ら貴方の頼みとは言え、はいそうですかと頷けません。聖遺物が必要なら他の交換条件があったでしょう? 私に相談していただけたら、各地の仲間を使ってお金を工面することも」


「だ、駄目だよ! 今でさえみんなには大変な思いをさせてるのに、これ以上苦しめるようなことは」


「誰のせいですか誰の? どこぞの勇者が考えもなしに人の事情に首を突っ込んで、赤字上等でお節介を焼いて回るものだから、結局二人チーム体制で仕事を同時進行させないと首が回らなくなっているのですが? 本部が私達の予算配分にどれだけ難色を示していると? ましてや最近はガセネタばかりで回収も思うように進んでいない中、どこぞの馬の骨の面倒を見る余裕があるとお思いですか?」


「うぐっ……」


 どうやら『勇者』という立派な肩書きに関わらず、その活動は火の車であるらしい。

 リジーの早口と、口ごもるステラの様子にルネは申し訳なくなった。世界を股にかけるトレジャーハンターという身分から、懐が潤沢だろうと勝手に決めつけていたが故に。


「で、貴方はどうなんですか?」


「え?」


 そんな最中、不意にルネに矛先が向けられた。


「記憶喪失を治す為に、私達と同行したいと仰ったのですよね? 戦えるのですか? 私達の探索というのは舗装されてない道を歩き、スカベンジャー達と鎬を削り、時には魔王軍残党とも剣を交える危険な旅になりますが?」


「そ、そんなの――」


 ルネは魔王討伐を果たした勇者だ。

 そんなのキミ達よりもずっと多くやってきたと、そう言い返したい気持ちが湧き上がる。


「そん、なの……」


「なんですか?」


「…………」


「なんなんですか、まったく」


 が、この時代に来てからの戦績を思うと、なにくそとは言えなかった。

 黙ってしまったルネに対し、リジーは首に下げていたゴーグルに手をかける。


 それはスペクタクルレンズと呼ぶらしい。

 かつての解析魔法を、簡易な道具アイテムに落とし込んだものだ。

 レンズ越しに浮かび上がったルネの情報は――



 なまえ: ルネ

 しょくぎょう: よゆうしゃ

 せいべつ:だんせい


 ちから: 540

 まもり: 470

 たいりょく: 490

 すばやさ: 378

 かしこさ: 430

 うんのよさ: 215



 この通り、ほぼほぼ依然と同様。

 が、ツッコミどころもあった。なんだよ『よゆうしゃ』って。元勇者は何処に行ったんだと。


「なんか表記がおかしいことはさておいて……なんですかこのザマは?」


「うわぁ……」


 一方で彼女達はそんなことは見ていない。

 彼女達からすれば『たった三桁の数字』らしく、そこに酷くドン引きしているようだ。


「一般冒険者どころか訓練したての小さな子供でも、もう少しはマシなステータスしてますよ?」


「う、うーん」


 いやそんなか? そこまで言われるほどなのか?

 これでも魔王を討伐したんだが? 現代では大勇者様と謳われてるんだが?


「え、叡智よ……」


 なんて、ルネもまた呪文を呟き返す。

 そうまで言うならお前達はどうなんだと、子供っぽい対抗心によるものだった。


 NAME:リジー

 WORK:ブレンダー

 SEX:WOMEN


 STR:リジーは もう じゅうぶんに つよい!

 DEF:リジーは もう じゅうぶんに つよい!

 VIT:リジーは もう じゅうぶんに つよい!

 AGI:リジーは もう じゅうぶんに つよい!

 INT:リジーは もう じゅうぶんに つよい!

 LUK:リジーは もう じゅうぶんに つよい!



 結果、ぐうの音も出ない。

 高いとか低いとか言う次元ではなく――ヤバイ。ルネによる古典的な解析魔法が匙を投げている。

 それは五桁という、当時からしてもあり得なかった数字をも計測した魔法がだ。

 ならばそれ以上ということで、それは六桁なのか、或いは七桁の住人なのか想像もつかない。


 NAME: ステラ

 WORK: ヒーロー

 SEX:WOMEN


 STR:まじむり

 DEF:ありえん

 VIT:ぴえん

 AGI:つらたん

 INT:うける

 LUK:しんどい


 一方でステラに至ってはもう感想文だ。

 意味は分からないが、少なくとも凄まじいことだけは窺えた。


「お分かりいただけましたか?」


 と、ルネがステータスを覗き見していたことに気付いたのだろう。

 リジーは呆れるような口調でルネに……ではなく、ステラに向かって言う。


「ステラさん、これの面倒を誰が見るのです? まったく戦力にもならないマスコット以下のこれを」


 そこからの、よもやのこれ扱いであった。


「ボ、ボクが面倒を見るよ!! 戦力面ではアレかもだけど、ちゃんとボクが守るから!!」


 と、ステラが返す。

 しれっと面倒を見るだの、アレ扱いだのと、悪意はないのだろうがナチュラルに酷い。


「いいえ、駄目です。彼には今からでも別の条件を提示して帰ってもらいなさい」


「そんな! 頼むよリジー!! ほんとちゃんと面倒を見るから!! ご飯もトイレもボクが世話するから!!」


「駄目です!! 今すぐに捨ててらっしゃい!!」


「うぅ……リジーの分からずやぁ……」


 なんて、まるで母と子供のようなやり取りが繰り広げられる。

 あとルネからすれば、本当に犬猫のような気分になったことも。


「あのさ……」


 そんな複雑な思いをグッと堪え、ルネは口を挟む。


「見捨ててくれてもいいから」


「えっ?」


「…………」


 対する反応は二者二様。

 あっと驚くステラに対し、リジーは目をひそめるだけに留まる。


「危険な旅だってことは分かってる。僕が足手まといだってこともね。それを承知の上で、僕は知りたいんだ」


 ルネは一人ぼっちの現代で、ようやく目標らしいものを見つけられたような気がしたのだ。

 それは聖遺物を通して過去を探り、かつての仲間達の軌跡を知ることだ。ルネは彼等がどのように生きて、どのように去っていったのかを知りたい。今ではその経緯が動乱と長い年月によって錯綜しているものの、当事者である自分ならば正しく解釈できると思った。


「君達についていけば、手掛かりが掴めるような気がする。でもそれは僕のエゴであって、君達の責任じゃない。だから僕が危険な目にあったとしても、君達は見捨ててくれても構わない」


 そうやって真の顛末を知ることが出来れば――勇者として――この現代で成すべきことも分かるだろうと。

 だからこそこの機会を逃すわけにはいかなかった。またその日暮らしに帰るわけにはいかないと、ルネは縋りつく。


「本当に、言ってますか?」


 少しばかりの間を置いて、リジーが低い声で言った。


「口では何とでも言えます。本当にそうなった時に、貴方が泣き叫んだところで――」


「うん。見捨ててほしい」


「っ……ですから、口では何とでも言えるでしょう!?」


「だね。本当にその時が来たわけじゃないから、今は僕も口でしか言うことは出来ないけれど――」


 ルネもまた一息を挟む。その間に『死ぬのが怖いか?』と自分に言い聞かせる。

 答えはシンプルだ。怖いに決まってる。あんな暗くて冷たくて寂しい気分は二度と御免…………だけど。


「それがより良い結果になるなら――死んだほうがずっとマシだ」


「っ!」


「君達の足手まといになって、君達が傷つくことになるなら、ね」


 何も分からないまま、このままでいる方がルネは辛かった。

 この誰一人として自分のことを知らぬ世界において、成すべきことも見い出せぬまま、ズルズルと生きるよりはずっと。


「…………」


「…………」


「……………………」


「……………………」


「…………………………………………」


「…………………………………………」



 それから――沈黙。

 ステラもリジーも黙ったままだった。

 ルネにとってみれば沈痛だ。戦力にならないことは事実であり、結局は彼女達の決定に従わざるを得ない。


「…………分かりました。えぇえぇ、分かりましたよ」


 と、喉の奥から絞り出すかのように、沈黙を破ったのはリジーだった。


「そうまで言うなら上等です。貴方のその覚悟が本当かどうか――見極めてやろうじゃありませんか!」


 ぶつぶつと呟いたと思いきや、ズカズカと足を踏み鳴らしてだ。

 最後には大声を上げながら彼女は部屋を後にし、後ろ手にバンッと扉を閉めた。


「え……えーっと……」


 後に残されたのはまたしても沈黙。

 それを突き破らんと、ルネは声を裏返したところ、


「やったねルネくん!!」


 と、ステラが嬉しそうに抱き着いてきた。


「まさか怒ってるリジーを言い負かすなんて、ルネくんは只者じゃないよ!! いやーボクも最初に会った時から思ってたんだよね? 記憶喪失だって言ってるけど、ルネくんはひょっとしたら凄い人なんじゃないかって、僕のガットが騒いでたって言うかさぁ!?」


「あ、あはは……そう」


 キラキラと目を輝かせながら捲し立てるステラに、ルネは適当な相槌を返す。

 なんだか良く分からないが、一先ず窮地は脱せたようだと。

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