トレジャーハンターと聖遺物2
ルネはそこで『気が動転してた』という以前の嘘を撤回し、『記憶喪失である』という日雇いをしていた時の嘘で塗り重ねる。
我ながら勇者らしくない行動だと思った。真実を告げたところで到底信じてはくれないであろうとは言え、馬鹿げた嘘を馬鹿げた嘘で重ねるなんてことは。
「そ、そんな……ううううううううう……!」
が、ステラは違った。
その馬鹿げた嘘を一ミリも疑わず、なんなら感極まって涙ぐんでいた。
「ぐすっ……つ、辛かったよね! 不安だったよね!?」
「あ、いやまぁ、そんなには?」
「強がらなくたっていいよ!! ああ、やっぱりボクはリジーに強く言われたからって、キミを一人で放っておくべきじゃなかったんだ!! なにが勇者だ!? なにが連邦の救世主だ!? こんな有り様、あの大勇者様が見たらどんなに笑われることかっ!! 恥を知れ恥をっ!! このっ! このこのこのこのっ!!」
「ちょ、ちょっとステラ!! 僕は気にしてないから落ち着いてってば!!」
自分の頭をポカポカと――なんて可愛い擬音じゃない。
彼女の暴を持ってすればドスドスと、ボコスカと殴り散らす立派な自傷行為である。
というか思いっきり自分の頬に右ストレートをかまして、鮮血を散らしている。
こんなセルフボクササイズを見る為に、ルネは記憶喪失(嘘)を告白したわけではなかった。
「僕は教えて欲しいんだ。そのトレジャーハンターっていうのが、なんなのかを」
「う、うん……もちろんだよ! 罪滅ぼしってわけじゃないけど、幾らでも説明させてくれ!!」
それからステラは嫌がる素振り一つ見せず、何も知らぬルネに懇切丁寧に説明してくれた。
魔王軍残党の『スチームエンパイア』によって、世界が大打撃を受けたのは歴史書の通り。しかしそれと同時に権威の象徴となっていた大勇者達の遺品――『聖遺物』も略奪の憂き目に合い、その大半が世界の何処かへと散ってしまったらしい。
それはスチームエンパイアが滅んだ後から、今になっても過半数が行方知れずだ。
今もなお息を潜めているスチームエンパイアの残党が所持しているのか、古びた遺跡に放置されているのか、ブラックマーケットのオークションにかけられているのか……いずれにせよ連邦は聖遺物を二度と権力闘争の道具にせず、誰のものでもない『歴史的公共物』として取り戻す必要があった。
「その結果生まれたのが――連邦によるトレジャーハンターさ!!」
と、ステラはボコボコに腫れた頬で、それでも誇らしげに言った。
胸に光る勲章がその証らしい。国中を跨ぎ、ありとあらゆる遺跡を捜索する権利を持つ、世界が公認するトレジャーハンターなのだと。
それは誰にでも取得出来る認可ではない。
考古学に関する深い知識と、私利私欲に突き動かされない良識と、危険な魔物や探索に耐えられるだけの強靭さを持ち合わせた上で、厳しいテストを合格した末にようやく手に出来る資格らしい。
「ってことは『連邦の勇者様』って言われてたのも」
「あはは……そ、そこはちょっと恥ずかしいっていうか、畏れ多いんだけどね」
一方でステラはその話題になると照れ臭そうに、言葉少なめだった。
なんでも現代の勇者というのは、そんな精鋭の中でも著しい成果を生み出した者に呼ばれる称号だと言う。恐れを知らず、危険を顧みず、大勇者の軌跡を誰よりも追えている者に対しての。
「ま、まぁボクの話はそんなところで置いといて!! ね!?」
と、そこでステラは赤い顔で自分の話題をぶった切る。過去の勇者パーティを語っていた時は大違いだ。
「とにかくボクがそれを必要してることは分かってくれたよね!?」
「うん。それがステラの仕事だからだよね?」
「そ、それだけじゃないけど……うん。だから、ボクはそれがどうして欲しくって、それで――」
モゴモゴと物欲しそうにルネの手を見る。
自分が寝ている内に取ってしまえば良かったのに。或いは命を助けたお礼にと強請ればいいのに。
それらをしなかった辺り、このステラという子は『勇者』と呼ばれるに相応しい人物なんだとルネは思った。
「そっか。じゃああげるよ」
「やっぱり駄目だよね。ホンモノの聖遺物ってなると、砦の一つは簡単に建てられるくらいのお金が…………え?」
「あげるよ」
「え? ええ?」
「これが欲しかったんでしょ? はい」
「ええええええええええええええええええ!?」
ルネがぽんと掌に載せると、彼女はすさまじい絶叫を上げた。
めっちゃうるさい。周りの客は当然のこと、遠くを配膳していた給仕までもが驚き、ティーカップを零しているのが見えた。
「いやいやルネくん!! ボクの話聞いてた!? すっごく貴重なものなんだよ!?」
「遠慮しなくていいから」
「いやいや駄目だって!! いやいや無理だって!!」
「ほら受け取って」
「いやいやいやいや!! いやいやいやいやいや!! いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!」
「うん、ちょっと落ち着こうか」
まるで壊れたメタルゴーレムのように、同じ言葉を連呼するステラの頭を小突く。
すると少しばかり正気を取り戻してくれたようで、はぁはぁと息を荒げ、目を血走らせつつも、ルネに向き直ってくれる。
「もう一度言うね? これはステラにあげる。お金はいらないから」
「で、でもっ! それじゃルネくんが――」
「いいんだ。たぶん、そうした方がね」
言いながら、ルネは自嘲するように笑った。
幾ら現代に翻弄されていたとはいえ、まとまったお金が欲しいなどと、私利私欲に飲まれていた自分を恥じていた。
それにそもそも、ステラには結果として二度も命を救われている。
だったら恩返しの意味も込めて、真に必要としている彼女がそれを手にするべきだと思った。
「でも……やっぱり」
それでもステラは頷かなかった。
「タダでは受け取れないよ……ルネくんが命がけで見つけたものを……それも記憶喪失で大変だっていうのに」
彼女からすればまた解釈が違ったのだろう。
記憶喪失のか弱いルネがやっとの思いで手に入れた宝物を、横から掻っ攫うような気分にでもなっているのかもしれない。
それは大袈裟で勘違いだ。ルネはそこまで考えていないし、ましてや記憶喪失でもない。
しかし今更お茶を濁したところで、彼女の後ろめたさは拭えないだろう。この素晴らしき現代のお人よしに、どう言えば納得してくれるか?
その点を少しばかり考えて、ルネは妙案を一つ思いついた。
「だったら――」
それは駄目元半分。そもそも金が欲しかったルネの動機に準するものだ。無理なら無理で折衷案も用意していた。
「え!? そんなことでいいのかい!?」
が、彼女は易々と手を取ってくれる。
「そんなことで良ければ是非!! 願ってもない話だよ!!」
ステラは記憶喪失と偽る自分の身の上を、本当に案じていたのだろう。
一石二鳥だと言わんばかりの笑顔を前にして、却ってルネが後ろ暗い気分になってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます