トレジャーハンターと聖遺物


「ん……」


 目を開くと、真っ白な世界がルネを迎え入れる。

 透明感のあるレースカーテンから零れる朝日だ。仮ぐらしの宿とは違って日当たりが良く、清潔なベッドが柔らかくて暖かい。


 だからルネは夢を見ているのだと思った。

 今目の前にある光景がそうではなく、これまで見ていた400年後の世界がだ。自分は長い長い夢を見ていて、今ようやく故郷のベッドで目を覚ましたのだと。

  

 故にルネはベッド際に立っていた女性に向かって――


「ソ……フィ?」


「へ?」


 と言った。

 そのぽかんとした反応に、幼馴染ではないことに気付く。


「…………ステラ?」


「う、うん。目を覚ましたみたいだね」


 半身を起こし、目を擦ってもう一度見ると、やはりステラだった。

 とてもソフィとは似ても似つかない。どうして一瞬でも見間違えてしまったのか? ルネは教師をお母さんと呼んでしまったかのような恥ずかしさを覚える。


「びっくりしたよ。いきなりルネくんが変なことを言うから」


「ごめん。ちょっと寝ぼけてたみたいで」


 軽く頭を下げつつ、ルネは自分の身体を見下ろす。全身が包帯でグルグル巻きになっていて、先日のリンチが思い起こされる。

 しかしあれだけのダメージを追っていながら、今はほとんど痛みが残っておらず、試しに手を上下してみても違和感を感じなかった。


「僕はどれだけ眠ってたんだい?」


 ルネはステラに向き直って尋ねる。


「えぇと、二日くらいかな?」


「二日……たったの?」


「うん」


「骨とか普通に折れてたと思うんだけど」


 言いつつルネは思う。どんな医者に見せたらこうなるのだろうと。

 確かにルネの時代でも腕のいい治癒師ヒーラーはいた。だが骨折クラスの大怪我を、たった二日で違和感なく繋げるほどの者はいなかった。


「そりゃそうさっ! リジーはこの広い連邦でも屈指の調合師ブレンダーなんだから!」


「…………はい?」


 えへんと自慢げに言うステラに、ルネは二つ疑問を抱いた。

 リジーとは誰か。あとブレンダーとは如何様なものかと。


「でもリジーったら酷いんだよ? 『犬猫じゃないんですから世話焼きも程々にしなさい』だなんて、こーんなに目を吊り上げて言っちゃってさ!?」

 

 かと思えば彼女はぷんすかと声を荒げ、両指で大袈裟なくらいに目尻を吊り上げる。


「その結果がこれだよ! あの時からルネくんは様子がおかしかったし、やっぱり病院に預けて放っておくべきじゃなかったんだよ!! なのにリジーったら『何よりの薬になったでしょう。馬鹿と無謀は死にかけなければ治りませんから』なんて言うんだよ!? 酷いと思わない!? ルネくんもそう思うよね!?」


「え、えぇと……」


 一人で勝手に怒ってる事情は良く分からないが、あの日病院で目覚めた時にステラがいなかった理由は、そのリジーとやらの助言が関係しているのだとルネは思う。


「あっ、ごめんね!? 勝手にこっちの話ばかり言って!! それよりお腹空いたでしょ!?」


 しかし考える暇も与えてくれない。

 コロコロと表情が変わる様が風のようだった。


「二日も食べてないもんね? ここの近くのブレッド屋さんのモーニングが安くて美味しいんだよ!」


「ちょ、せめて着替えだけでも!!」


「さぁさぁ!! 時間を逃すと売り切れになっちゃうからね!!」


 というかもう暴風雨の類だ。

 ルネは半ば引き摺れるような形で、寝間着姿のままで部屋を後にした。




 安くて美味しいブレッド屋さんのモーニングとやらは、確かに舌鼓を打てる内容だった。

 オムレツはふわふわとしていて、中は程よい半熟加減である。とろけたチーズとケチャップも絶妙で、口に入れると甘さと辛さとまろやかさのハーモニーに包まれる。

 焼きたてのトーストは外はカリカリ、中はしっとりとしている。噛めば噛むほどに甘味が零れ落ちるようで、それでいて乗せたバターの塩味がいい塩梅をしている。

 付け合わせのサラダとてオマケではない。しゃくしゃくと瑞々しい食感は新鮮であることの証拠だ。酸味の効いたドレッシングとはベストマッチで、野菜だけで何杯でもいけそうな気がする。


「んく……それで、なんだけど」


 と、ステラは四回目のお代わりを空にした後で、改まったかのように言う。

 一体何の話だろうかとルネは思う。

 

「こほん。その、僭越ながら」


「…………」


「藪から棒で、突然で申し訳ないんだけど」


「…………」


「大変恐れ多いけど、マコトにキョーシュクではございますけど」


「…………」


 前置きが長いとルネは思った。

 最後の方に至っては微妙に言い回しがおかしいし。


「その! ルネくん!!」


 それでもやがて意を決したかのように、ガタンを席を立って前のめりになっては、


「ルネくんが見つけた聖遺物を――ボクに譲ってくれないかな?」


 なんてことを言った。

 ルネが唖然としたのは言うまでもない。

 

「ああ! もちろんタダでなんて言わないよ!? 言い値は……うぅ……ちょっと辛いけど、それでも出来る限りのお金は用意するから!!」


「え、あの?」


「た、足りないかな? だったらボクに出来ることなら何でもするから!! 好きなように顎で使ってくれてもいいから!!」


「いや、その?」


「それでも駄目!? じゃあ一体どうしたら…………ま、まさか! ひょっとしてボクの身体を!?」


「タンマタンマ!!」


 ルネは叫ぶ。何時までも唖然としていたら,とんでもない話に持ってかれそうだった。


「ステラ? まずは一つ一つ確かめてもいいかな?」


「ボ、ボクの身体を使って、レッドリストのミノタウロスを百体も密漁させるだなんて……くぅ!」


「や、だからそんな気は更々ないから――ってそっちの意味!? あとミノタウロスが絶滅危惧種になってんのも初耳なんだけど!?」


「え? むしろそれ以外にどういう意味があるの?」


「そ、それは……まぁとにかく! 聞きたいことがあるだけだから!!」


 きょとんとするステラは年相応というか、妙に疎いというか、本当に分かっていないらしい。

 却って聞き返されたルネの方が戸惑ってしまい、捲し立てるように話を変えた。


「まずなんだけど……聖遺物ってなに?」


「え?」


「持ってないよ? 僕はそんなもの」


 先日のヒャッハー達にも言ったことだが、ルネにはまるで身に覚えがなかった。

 少なくともお宝と呼べるような、キラキラとした貴金属の類は一つも持っていない。


「いやいや! とぼけなくてもいいって!!」


 しかしステラは食い下がる。

 

「ちゃんと持ってたじゃん! ほら、これ――」


 懐から取り出されたソレは、ルネが想像していたキラキラの貴金属ではなかった。

 というか、むしろガラクタの類だと思う。原型が残っていることは大したものだが、要は400年前の残骸であり、


「ヴィルの甲冑の欠片――」


「そう! あの大勇者様のパーティだった、槍の名手ヴィルヘルム・L・カーディアの鎧だよ!!」


 少なくとも聖遺物と呼ばれるようなものではないと、言い返そうとした矢先だった。

 それよりも遥かに興奮した様子で、ステラが声を弾ませたのは。


「かつてヴィルヘルムが身に着けていた装備は何処にも残っていないんだ!! 魔王討伐後にすぐに捨てたってのは有名な話だからね!! 火山に投げ落として全部溶かしたって説もある!! 当時の一級の職人に高いお金を払って作らせたものを躊躇いなくだ!! そのあたりに後の覚悟が見えるような気がするんだよ!!」


 と、ステラはふんふんと鼻息を鳴らして、早口でまくし立てる。


「何せ彼はあの『鉄血同盟』の総司令官だ!! 魔王討伐後の分断にいち早く危機を訴えたけれど、それでも聞き入れてくれなかったら、世界に警告する為に革命軍を結成したんだよ!! その厳しい規律と鍛錬で鍛え上げられた兵士達は、当時幅を利かせていた軍事大国をも恐れされるほどだったらしい!!」


「か、革命軍の司令官!? それに厳しい規律だって!?」


 ルネは混乱する中、ヴィルヘルムと名前と、革命という単語だけをどうにか繋げる。

 しかしおおよそ想像もつかなかった。だってあのヴィルヘルムだ。女好きで、お調子者で、とにかくその日が楽しければ何でもいいと思っていた、あの気のいい優男が―― 


「それはもうっ、すっごく怖い人だったらしいよ!? 自分にも他人にも厳しくて、ちっとも笑わなかったんだって!! きっと魔王討伐前から変わることなく、世界の安寧っていう理想に準じていたんだろうね!!」


「――――」


「もっとも……時代が時代だったし、彼の考え方は当時からすると異端だった。最後にはテロ組織として各国から度重なる攻撃にあって、壊滅させられて……ヴィルヘルムも戦火の何処かで亡くなったって言われてるけど…………でもねっ!? 彼のやってきたことは無駄なんかじゃなかったって後の時代で証明された!! だからかつての過ちを悔やむ意味でも、彼の名にちなんで『エルカディア国際連邦』っていう名前に」


「――――」


「名前に……ルネくん?」


「あ? ああ、ごめん。そ、それより聖遺物って? どうしてステラはそれが必要なの?」


 色々と信じられないことはあった。

 だがそれは400年も前のことだ。食い違いや伝達不足もあることだろう。

 ルネはそう思った。それは単に思い込んでいるわけではなく、『事実と違っている情報』に気付いているから。


「あ、ごめんね? ちょっと脱線しちゃったけど、要するにだね」


「君が見つけたヴィルヘルムの鎧の破片は――歴史的価値のある、すっごく貴重なものなんだ」


「だからボクはそれを保護した。連邦のトレジャーハンターとして」


「トレジャー、ハンター……?」


 続けて語ろうとするステラに、ルネは口を挟む。


「え、どうしたのルネくん?」


「あ、ああごめんステラ。実はずっと黙ってたんだけど――」

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