400年後の初めての冒険2


 結果として、その予感は正しかった。

 その後すぐにブンと風切り音が、さっきまでルネが立っていた位置に残響する。

 相手が手にしているのは細身で平たい刃物。されどその剣身は離れていても分かるほどに高熱を放っていて、飛ばなければチーズのように裂かれていたことだろう。


「なっ、なっ、なっ……!」


 ルネはぞっと背筋を冷やしながら続ける。


「なっ、なにを――いきなりなにするんだ!!」


「あ? なんだってぇ?」


 言って、顔の半分だけを塞ぐ奇妙な鉄仮面を被った男が首を傾げる。


「んなもん、スカベンジャーのルールに従ってのもんだ」


 喋りつつもヒューヒューと零れ出るのは呼吸音。格子鉄線になっている口元からだ。

 ルネはそれを、鉱山の現場で作業員が身に付けている『瘴気中和マスク』と呼ばれてるものに近いと思った。


「お前が先に聖遺物を手にした。でもソイツを売っぱらう前に俺が奪う。それだけのことじゃねえか」


「せ、聖遺物?」


 ルネは言い返される言葉の意味が分からない。

 聖遺物なんて呼ばれるほど立派なものをルネは持ち合わせていないし、ここで見つけてもいない。


「そんなの僕は――」

 

「命が惜しけりゃツベコベ言わずに、だ!」


「ぐぅっ!?」


 しかし問答無用だ。男はルネの首を捉えると、片手でひょいと持ち上げる。


「ほら出せ!! このまま首をへし折られてえのかぁ!?」


「かはっ……」


 やはりルネは――先日の件でも分かっていたことだが―― イリス歴1755年の戦闘には勝てない。

 目に見えるステータスはもちろんのこと、根本的な何かが違うのだ。

 敢えて言うなら出力……そう、出力だ。血と肉と魔力で補っていた時代から、そこに何かがプラスアルファされている。


「め、めがっ……スよ……」


「あん?」


 しかしその正体を今の時点で掴むことは出来ない。

 故にルネは締め上げられたまま、読み慣れた呪文を口にして――


「いかづち、よっ……弾けろ!」


「がっ!?」


 両手を男の顔に押し付け、そこから電流を走らせる。

 そうしてふっと力が緩んだ隙を逃さず、ルネは拘束から逃れた。


「ちくしょう!! 目がっ!! くそがっ!!」


「――!!」 


 すかさずルネは駆けだす。

 全力の雷をぶつけようともダメージには期待していない。一時的な目くらましになればいいと思った。


 この祭壇から離れればこっちのもんだ。だってこちらには地の利がある。

 来た時と同じように、この入りくねったダンジョンを迂回していれば、撒くことだって難しくはないと。


「――ぐぁっ!!」


 しかしながら、だ。

 ルネは足を突き抜ける鈍痛に転んでしまう。

 

 躓いたわけじゃない。足首を捻ったわけでもない。

 跪きながら振り返ると太腿に空洞が出来ていた。ズボンを裂いて、丸い穴からダラダラと血が流れ出ている。


「あ、ぐっ……! なん、で……?」


 近くには誰もおらず、矢は残っておらず、魔力の残滓も感じられない。

 それでもルネはすぐに衣服を破き、その切れ端を患部にグルグルと巻き付けながら――


「あ? なにやってんだよトビー?」


「ばーか。独り占めしようとするからだよ」


「ってかなんだよそのガキ。とりあえず撃っといたけどよ」


 絶望的な状況に直面させられる。

 奥からゾロゾロと現れた連中は、一目見ただけで『お仲間』だと分かった。

 片方だけの肩パッドをつけていたり、角が生えたようなヘルメットを被っていたり、骸骨を模したマスクをつけていたりと、誰も彼もが個性的だ。


「はぁ……くぅ……」


 お仲間は三人。眩しさから回復しつつある男を加えれば四人だ。

 ほとんど詰んでいるとは分かっていても、ルネは立ち上がって剣を抜く。

 これまでこんな状況は幾らでもあった。絶望的な戦況を何度も打破してきたじゃないかと、自分に強く強く言い聞かせながら。


「ま、とりあえずだ」


「っ!?」


 そして肩パットの男が最初に来た。

 手にした得物は釘塗れの棍棒。速度は早くとも軌道は分かりやすく、冷静に見れば避けられる。ルネは痛む足を堪えてバックステップをする。


(…………え?)


 しかし地に足が付くまでの刹那、ルネは信じられないものを見た。

 鉄の棍棒から煙が噴き出し、軌道を変えて加速し始めたのだ。

 

(マズイ!!)


 ゆっくりと流れる時間の中、そう思ったところでもう遅い。

 棍棒は宙に浮いたままの、無防備なルネの胴を捉えるに至った。


「ごふっ――」


 ルネは耳鳴りと、無重力を感じていた。

 脳裏には幼い頃のこと、神託を得た時のこと、旅立つ瞬間のこと、仲間と出会っては苦しみや喜びを共にして……などなど、今までのことがフラッシュバックしていた。


 つまりは走馬燈だ。いま自分は死に瀕している。

 そのことを理解した瞬間、感覚が雪崩のように戻ってきて、地面に背中から打ち付けられては――


「っ……っ……!!」


 血反吐を吐いた。

 致命的な痛みに目の前がチカチカと反転しているのに、声も上げられずに悶絶する。

 

「くそがっ……」


 そうこうしているうちに、さっき目を眩ませていた鉄仮面の男が復活する。

 ズカズカと不機嫌に足を鳴らし、横たわったまま動けぬルネへ近づくと、


「ふざけ、ふざやがってよおおおおおおおおお!!」


「ぐおっ、がっ、おごっ!」


 だんだんと地団駄のように、力いっぱいに踏みつけた。

 頭に、肩に、背中に、何度も何度も執拗にだ。

 全身の骨が悲鳴を上げ、決定的な何かが零れ始めていることをルネは察する。


「ぜぇ……ぜぇ……このガキ……!!」


「おいトビー。他の連中に追いつかれたら面倒だから、とっとと片付けやがれ」


「てめえに言われなくたって!!」


 と、鉄仮面は骸骨マスクの男から鉄の塊を受け取る。

 それはここに来るまでの最中、スカベンジャー達がバキュンバキュンと鳴らしていた得物である。

 それが火薬によって弾丸を射出する――『銃』と呼ばれる代物であることを、ルネが知るのは後のことである。


「死ねや」


「…………」


 そう。後のことなのだ。

 もう成す術もなく、銃口を額に突き付けられた状況であろうと、ルネにとっては後のことなのである。


 つまりはどういうことか? これから先に何が待っているのか?



「ふりゃあああああああああああああ!!」


「ぎゃああああああああああああ!?」



 かように――救いの手がもたらされる。

 何処からともなく乱入して、爆炎と共に参上する女によって。



「お、おいトビー!!」


「駄目だ!! 完全に伸びてやがる!!」


「くそっ! てめえいきなり何しやが……なに、しやが……」


 ルネを撃とうとした男が吹き飛ばされ、残ったスカベンジャーの三人が駆け寄ったのも束の間。

 振り返ってその乱入者の正体を見た途端、彼等は一斉に青ざめた。


「ま、まさかあれは、連邦の勇者!?」


「ス、ステラだ……! ステラ・マリーローズだ……!!」


「な、なんだって本職のトレジャーハンターが、ここに……!!」


 あれだけ不遜であった男達が、口々にたった一人の女を恐れおののく。

 そして今にも途切れそうな意識の中、ルネも思った。

 どうして彼女が? 何故あの子がここにいるのだろうと。


「キミ達」


 言って、彼女は一歩足を踏み出す。

 同時にスカベンジャー達も一歩後ずさる。


「我こそはって気持ちは分かるよ。要は早いもの勝ちだってことも、常識の範囲までなら認める。でもここは連邦公認の遺跡だって、キミ達も知らないわけじゃないだろう?」


「うぐっ……!」


「冒険者でもスカベンジャーでもルールには従いたまえ。たとえどんな理由があったって、少なくとも先に見つけた発見者から力づくで横取りして、私腹を肥やす為にブラックマーケットに流していい理由にはならないよね?」


「ぐぬぬぬぬ……!!」


「そういうわけだから、キミ達を『悪質な盗掘犯』として捕縛させてもらう」


 言って、彼女はあの剣を抜いた。

 二つ折りで空洞のある妙な武器を。


「よ、横から入って、好き勝手宣いやがって」


「そ、そうだそうだ! いくら勇者だからって、仲間がいないなら……!」


「それにこいつもガキじゃねえか……! だったら俺達にだって……!!」


 と、スカベンジャー達は思い直したのか、各々武器を構え始める。

 その様子にステラは「はぁ」と短くため息を吐く。


「じゃあ悪いけど――ちょっと痛い目に合ってもらうから!!」


 それからの勝負は一瞬だった。

 いや、そもそも『勝負』という壇上にすら上がれていないと言っても過言ではない。

 あれほどルネを苦しめていたスカベンジャーさえ、彼女にとっては子供扱いだったのだから。


「ふんっ!!」


「ぎゃああああああああ!!」


 まずは一人目。

 これはシンプルにスピードで負けていた。

 目にも止めらぬ速さで距離を詰め、彼女は左拳を角ヘルメットの男へと叩き込んだ。


「くそがっ!!」


「ほっ! よっと!!」


 続く二人目の、骸骨マスクからの銃撃だって掠りもしない。

 バンバンと狂ったように乱射し、それでも紙一重で避けられて、やがてはカチカチと弾切れになったところで、


「はああああ!!」


「ぐえええええええええ!?」


 側頭部へのハイキック。

 健康的で引き締まった生足だと、却ってそんな呑気なことを思えるくらいに、ルネからすれば現実離れした光景だった。

 直撃した相手がグルグルと回転しながら石壁を穿ち、ぷらんと下半身を投げ出す姿を見れば。


「な、な……なめんなぁ!!」


 そうして最後の三人目。

 肩パッドの男はそれでも怯まず、両手で鉄棍棒を振り下ろす。


「な、なに!?」


 が、ステラは易々と剣で受け止める。それも片手でだ。


「う、動かねえ……!」


 男は目一杯の力を込めているのだろうが、彼女はビクともしなかった。

 男達とルネがそうであったように、ステラと男達の間でも絶対的な隔たりがあるのだと知る。 


「ふっ!」


「ああ!?」


 だからステラが軽く力を込めただけで、男の棍棒は高く弾かれる。

 それから剣を裏返し、恐らくは峰に当たる部分を、がら空きの男の腹へと押し当てては、


烈砕バースト!!」


「あんぎゃああああああああああああ!?」


 あの日と同じ光景。

 男は爆炎に飲まれた。


「ぐふっ……!」

 

 それから高熱にもがいていたのは数瞬ほどもない。

 それよりも先に意識を失ったのか、ぷすぷすと不燃焼音を立てながら、肩パッドの男はぐったりと動かなくなる。


「ふぅ……」


 そして彼女は溜息一つ。

 額から零れる汗は疲弊によるものではなく、獲物から放たれた熱によるものなんだろう。

 ルネは見ていたのだ。今度はちゃんと、ハッキリと、その剣身から放たれた蒸気を。


「ねぇキミ! 大丈夫!?」


 その後、ステラは傷だらけのルネへと駆け寄る。

 さっきまでの鬼神っぷりが嘘のように、人懐っこそうな顔を曇らせながら。


「う、うん……なんとか……」


「そ、そうかい。なら良かった……ってキミはあの時のルネくん!?」


「え? ああ、そう……気づいて、なかったんだ」


 とことんお人よしな子だと思った。

 まさか誰とも知らずに助けたとは。


「――あれ?」


 しかしお礼を言おうとした途端、ルネの視界がぐわんと反転した。

 ステラが横に立っている。これもルネの知らぬ現代人の技術なのだろうか? 

 否――もちろんそうではない。


「ちょ、ちょっとルネくん!! しっかり!!」


 緊張の糸が切れたことにより、疲弊と鈍痛を思い出したのだ。

 身体をゆさぶられる感触がフェイドアウトし、程なくして視界もブラックアウトする。

 ルネは助かったことへの安堵と、聞きたいことがあるのにという無念に包まれながら、意識を手放した。

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