400年後の初めての冒険


『ああ――ったく』


 それは魔王軍幹部との一戦を交えた後だった。

 戦士のヴィルヘルムが傷ついた自分の鎧を見て、頭を抱えていた。


『どうしたのヴィル?』


『どうしたもこうしたもねーよ! 見ろよコレ!!』


 ルネが聞くと、ヴィルヘルムは地面を指差す。

 そこには鉄の破片が転がっていた。青銅色の煌びやかな鎧の一部だ。


『鎧が欠けちゃったの? だったら次の街で新しいのを見繕うけど――』


『あー違う違う。違うんだよなぁぁぁ』


 と、彼はちっちっとキザに指を揺らす。

 気を遣ったルネが代替品を約束しようとした瞬間だった。


『こいつは特注品なんだよ。デザインと機能性を重視してる』


『へ?』


『だからそんじゃそこらの鍛冶屋には作れねえ……ったく! 折角のハンサムが台無しだっての!!』


 つまり……なんだ?


『あのさヴィル。ひょっとしてだけど』


 まさかまさかとルネは思って、口にする。


『もしかしてその鎧って、魔王討伐の後のことを考えてのものだったりする?』


『は? 当たり前だろ? むしろそれ以外に何があるってんだ? 凱旋式でいい姿を見せることが一番だろうが?』


『――――』


 そんな答えにルネは絶句した。

 いやまぁ……ヴィルヘルムは確かにそういう男だった。大陸一番の槍使いでありながら、とにかく目立ちたがりで、かわいい女の子に目がない。


 彼からすると魔王討伐という任務でさえ、自分という存在を際立たせる為の舞台でしかないのだろう。

 実際にそれは公言していたことでもあるが、この期に及んでも口に出来ることに、ルネは一蹴回って尊敬すら感じられた。


『まったく……もうすぐ魔王だってのに、ヴィルは怖くないの?』

 

 だから苦言の意味も込めて、ルネは呆れたようにそう言ってみるも――


『あ? 怖いことなんてねえだろ?』


 彼は当たり前のように宣う。


『だって勇者サマが――ルネがいるからな。ここまで来といて、今更負けるなんてありえねえよ』


 なんて、恥ずかしげもなく言ってのけるのだ。

 この旅の最後に待っている現実も知らずに。


『…………』


『あん? どうしたんだルネ? ひょっとして照れてんのか? おぼこのルネちゃんは照れちまったのか? 女慣れしてないせいで』


『照れてない。あと女の子慣れは関係ないでしょ』


『まぁまぁそう拗ねるなってルネ! お前にもおこぼれを預からせてやるからさ!!』


『や、だから僕は』


『おっぱいの大きい子も選びたい放題だぞ?』


『…………』


『ルネ、ちょっと迷ったろ?』


『迷ってない』


『ル ネ ?』


『ソフィ、誤解だ。僕をそんな目で見ないでくれ』


 その後――話を聞かれていたソフィに拗ねられたり、それを宥める為に一苦労させられたりと、とばっちりで終えた記憶。

 そんな馬鹿馬鹿しいやり取りを昨日のことのように思い出せるのは、ルネからするとそんなに時間が経っていないから。400年が経ったなんて今でも信じられない。


(ヴィルは一体どんな余生を過ごしたんだろう?)


 と、ルネはお調子者の仲間のことを思う。

 そしてすぐに『きっとそれまでのように、面白可笑しく暮らしたに違いない』と確信する。


 彼はそういう男だ。情に厚い面もあったから、多少は自分のことで悲しんでくれたかもしれないが、悲観の涙は似合わない。

 時に人妻と知らずに手を出してしまったり、酒に酔ってゴミ箱で一夜を明かしたり、余計な一言でぼや騒ぎを起こしたりしながら、風のように自由気ままな人生であったろうと想像する。

 

 さらにもう一つ。

 花火のような鮮やかさを伴い、瞬間的に脳裏で再上映が行われたのは、ルネが今立っている場所が関係している。


 シアブラッド鍾乳洞はかつての記憶と、ほとんどギャップはなかった。

 サンゴのような岩壁に、青く発光している海水。つららのように尖った先端からポタポタと水滴が落ち、足元は常に浅い水たまりに覆われている。

 際に小型ボートを停留させて入るという入口の狭さから、一見すると狭いように思えるが、中心部に向かうほどに道は無数に枝分かれする。

 

 それもまたルネの記憶をくすぐるものだった。

 例の特注性の鎧が錆びてしまうと、唇を尖らせていた仲間の姿も含めて。


「…………とにかく」


 ルネは気持ちを切り替える。

 そして静かに息を吸って――気配を無にすることに徹する。

 

 それはまた記憶の濁流にセンチになったから? 仲間のことを思い出して泣きそうになったから?

 いやいや違う。今回に至ってはそうではない。

 そんな情緒的な理由ではなく、そうしなければシンプルに死んでしまうとルネは思ったからだ。


 なにせ400年ぶりのこのダンジョン。

 今は魔物の類は見られないが、それ以上に狂暴なものが跋扈している。

 呼吸音すらも潜めるルネとは裏腹に、火薬の匂いと怒声に満ち溢れているから。


『ヒャッハアアアアアアアアア!!』


『キヒヒッ! 聖遺物だ聖遺物ゥ!! ピカピカの聖遺物をよこせええええええ!!』


『全部オレのもんだ……誰にも渡さねえ……! 奪おうとする奴は……ウヒャヒャヒャヒャヒャ!! ぜんぶぜんぶぶちごろじでやるうううううううう!!』


 それは――精神的には限りなくモンスターに近いが――モンスターではなかった。

 トゲトゲしい棍棒だったり、フルフェイスのヘルメットだったり、何故か半裸であったりするも、一応分類上は人間(だと思う)である。

 それらが揃いも揃ってサーチアンドデストロイ。他の探索者とガッシボッカとやり合い、最後まで立っていた方が勝ちという、石器時代の闘争を体現し合っていた。


(おぉイリスよ――ここは地獄なのですか?)

 

 なんてことをルネは隅でガタガタ震えながら思った。

 ヒャッハーしている(動詞)連中は、400年後の今における『スカベンジャー』と呼ばれる人種だ。彼等は正規冒険者ギルドの人間ではなく、現代のID社会からはみ出した、言うなれば盗掘犯に近い。


 故にその心には早いもの勝ちの精神しかなく、同業者ライバルには容赦なく喰ってかかる。

 冒険者ギルドとスカベンジャーの間で絶え間ない争いが繰り広げられているのだ。


(無理……! 絶対無理……!)


 先日の経験があったからか、ルネに仲裁しようという気持ちはなかった。

 ステータスを除き見なくとも直感的に分かる。彼等はいずれもが自分よりも強い。間に入ったところで一番に死ぬのは自分自身だ。


『ぎゃはははははははははは!!』


(っていうか……なんだよアレ……!)


 スカベンジャーの一人が狂ったように笑いながら、バスンバスンと放つ武器にルネは混乱していた。

 見たことも聞いたこともない形状だ。引き金を引いて相手を射抜くという意味ではボウガンに近い。しかし実際に放たれるのは振り絞った矢ではなく、火薬の匂いと共に、筒状の金属から目にも留まらぬ速度で飛び出す小さな球体だった。


(少なくとも……当たったらマズイことは分かる)


 そう思ったからこそ、ルネは中腰維持で見つからないよう徹した。

 400年のギャップは未だお堅い歴史書でしか埋められていない。アレも自分が知らぬガジェットなんだろうと、深く考えることはやめて、抜き足差し足に集中することにした。


 するとどうだろうか?

 400年前とは言え、踏破済みという地の利もあってか、ルネは人目を避けて奥へと向かうことが出来た。

 周りがサーチアンドデストロイをしていることもあるのだろう。潰し合っている内に漁夫の利……というつもりはなかったが、彼にとっては好都合である。


(全部取ろうなんて思わない。こっそりと気づかれないくらいに、ちょっとでいいんだ)


 ルネは少しばかりのまとまったお金があればよかった。

 そうであればあの街から抜け出せる。行動範囲と見識が広げられる。この時代で成すべきことを考えられる。

 かように、小さいのか大きいのか良く分からぬそんな野望は……結果として『一番乗り』へと導いた。

 

「つ……着いた……!」


 そこはダンジョンの最奥部で、かつての祭壇であった。

 今や魔王軍幹部が軍勢を率いて待ち構えているなんてことはなく、がらんとした広場で朽ち果てた残骸が残るばかりであった。


「それで……聖遺物って……?」


 きょろきょろと見渡してから思う。

 そもそもルネは聖遺物とやらを知らない。ただただ古くて貴重そうなものを想像しただけである。


 そういう意味で言えば、ガラクタしか散っていないような気がした。

 宝石や貴金属の類は見当たらない。神秘的な光は何処にも感じられない。かつての戦闘の名残だって跡形もなく、そのほとんどが灰と化していることだろう。


「まぁ……それは……」


 同時に『そりゃそうだ』ともルネは思った。

 なにせ400年なのだ。それから最近まで手付かずとあれば、宝物が残っているとは到底思えない。仮にあったとしても、それならそうで当時のルネ達が見つけていた筈だ。


 つまりは――ガセネタ。

 自分も、あのヒャッハー達も、踊らされたんだと思う。


「はぁ……無駄足だったか……」


 まぁ人生そんな上手くいくわけないと、ルネは肩を落とす。

 結局はあの仕事に戻る他ない。一攫千金何て企むこと自体が間違いだったんだ。コツコツと貯金を貯めて、どうにか旅費を蓄えよう――


「ん?」


 なんて、前向きで後ろ向きなことを思い始めた時だった。

 何かがコツンと足を叩いた。屈んで拾い上げるとそれは鱗のような――甲冑の欠片だと知った。


「これって……」


 ルネは拾い上げて思う。400年も残るだなんて大した代物だ。きっと鍛冶師は余程の腕前だったんだろうと。

 

「ん? んん?」


 そして更にルネは思う。なんだか既視感を感じると。 

 これをつい最近……というか400年前に? 何処かで目にしたような気が……?



「おい――ガキ」



 次の瞬間だった。

 強い殺気を背後に感じて、ルネは不格好に前へと転がった。

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