12 大ダンジョン時代
『
日本初のダンジョンである、宗谷ダンジョンを探索してきた。
ダンジョンというのは、実に不思議なものだ。ダンジョンに入った途端、自分が魔法が使えることが感覚的に理解できるようになった。魔物を倒すのも、全然難しくはない。
それからダンジョンで取れるアイテムは、かなりの金になる。これはビジネスチャンスになる。ダンジョンは、近い将来必ず熱い分野になる。まさに大ダンジョン時代の到来だ。
……おっと、政府から口止めされているのでダンジョンの話はここまでだ。フォロワーの皆に色々とシェアしたいところだが、この北海道の綺麗な風景で勘弁してもらいたい。最高の仲間達との思い出だ。
最後に、これだけは言わせて欲しい。ダンジョン最高!』
『うわ、だっさ。
『えなになに?』
『インスパの投稿。ダンジョン行ってきたやつ。リンク送るね』
『え。て言うか、あんたも写ってんじゃん』
『私は仕方なく行っただけだから、マジで勘違いしないで。キモいし』
『ウケる。そのリアクションガチじゃん。で、先輩また何かやらかしたの?』
『やらかしたって言うか、イきりすぎ。だって、選考を通過してダンジョンに入ったまではいいけど、私たち全然モンスターと戦ってなかったんだよ?』
『はい? 何でよ。政府が探索者募集してたんじゃないの?』
『私も分かんないんだけど、ダンジョンのモンスターがほとんど倒されていたのよ。私も含めて、他の探索者は魔物のドロップアイテムを拾って終わり』
『え、てことは
『もちろん、全然戦ってないよ。二、三発魔法を出して自衛隊の人に怒られてた。ダンジョンで魔法を無駄打ちするな! って』
『だ、だっさ!
宗谷ダンジョンは、後にSランクに分類される超高難度ダンジョンであったことを。
何者かが魔物を一掃していたことを。
その結果、
政府から支給された「ダンジョン探索手当」は危険手当も含めて一日で20万円。
また、探索者が回収したダンジョンのアイテムは政府が買い取った。
平均して、一つ3万円程度。
しかし――報酬を受け取るべき者は別にいる。
その事を知る者は、ダンジョン探索者の中には誰もいなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一年後。
『速報です。大台に乗りました。国内でのダンジョン累計発生件数が、ついに200件を超えました!』
『ダンジョンバブルと、ダンジョン不況。その光と闇に迫ります』
『ご覧ください! 何と言うことでしょう! 新築のタワーマンションが、全てダンジョンになってしまいました! 世界最大のタワー型ダンジョン、〝魔塔〟が出現しています!』
『ダンジョンに入ったら人生が変わりました。一攫千金って本当にあるんですねえ。うふ、ぐふふふ……』
「ずいぶん盛り上がってんな」
どのメディアもダンジョンのことばかり。
それも当然のことで、政府は一般人がダンジョン探索することを解禁したのだ。
正確には、認めざるを得なくなってしまった。
ダンジョン化現象が各地で頻発したことで、政府は人々のコントロールができなくなったのだ。
そうして、多くの人々がダンジョンに潜った。
サラリーマンが、主婦が、学生が、定年退職した高齢者が、魔力に目覚め、魔物を殺した。
ダンジョンで獲れたアイテムはマーケットを介して売買されるようになった。
「魔法学」という学術分野が立ち上がり、教育カリキュラムに「ダンジョン探索」が組み込まれるようになった。
まさに、大ダンジョン時代の到来だ。
しかし
「ま、俺には関係ないな。どうせダンジョン入れないし」
ビール缶を傾け、一口ぐびりと飲む。
「うーん、うまいっ……!」
バイト終わりのこの一杯が
宗谷ダンジョンでの一件以来、
バイト、貯金、資格取得。
バイト、バイト、面接。お祈りメール。
正直に言ってしまえば、灰色の日々だ。
バイトで稼いだ金がそのまま生活費に消えていく。
両親や親戚は、二十年ほど前の災害で皆亡くなった。
頼れる人はなく、貯金残高は未だに数万円くらいしかない。
それでも
胸の中にある異世界での思い出が、
「今日はもう寝よう。面接に遅刻したら大変だ。明日は頑張るぞ」
翌日、
(おお……みんな武器を持ってるぞ……!!)
電車に乗った
大半の人間が、剣や魔法の杖を持っていたのだ。
すれ違う会社員が着るスーツの下には、ベストの代わりに
列車の中で驚いているのは
他の人達は何も気にする様子はない。
剣や魔法という存在は、完全に日常の中に溶け込んでしまったようだ。
ダンジョン化に巻き込まれた人間は、ランダムな場所に転送される。
不幸にもダンジョンの最下層に転送された人間が、そのまま死亡する事故も発生している。
それ故、銃刀法が改正され、自衛のための剣や魔法、魔導具の所持が許可されるようになったのだ。
この一年、
世間がこれほどまでに〝ダンジョン化〟に適応していることを知らなかったのだ。
『次は新宿、新宿に止まります』
どくん、と
面接する会社は新宿にある。
webメディア系の会社で、リモートでの一次面接はどうにか通過した。
この会社が、一次面接を通った初めての会社だった。
席から立ち上がり、東京の街並みを見た。
ずいぶんと時間がかかったが、ようやく自分の人生が始まる気がした。
(よし……今度こそ受かるぞ。何とか、正社員になるぞ……!!)
そう決意した直後だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次は新宿、新宿です。
次は新宿、新宿、新宿……
次は、次は、次は……………
アナウンスが乱れた。そして車内が急に暗くなった。
ドドドドド…………
と地鳴りのような音が聞こえた。
空間そのものが震えているような、どこか異様な音だ。
列車が脱線事故でも起こしたかのように揺れた。
「きゃぁああ!」
女性の叫ぶ声がした。
薄明かりの車内を見渡すと、他の人々も一様に浮かび上がっていた。
脱線事故にしては、異様な浮遊感だ。何かがおかしい。
――最近の都会は、電車で人が浮かぶのか?
もちろん、そんなはずはなかった。
「うわあああ!」
「だ、ダンジョンだ! ダンジョン化だああ!!!」
「何てこった! こんな時に限って武器を忘れた!!」
「逃げろ、早く列車のドアを開けるんだ!」
車内はパニック状態に陥っていた。
ブン、ブン、と異常な音とともに、人の姿が消えていった。
この現象をマスコミでは「ダンジョンに呑まれる」と表現している。
ダンジョン化現象が、始まっているのだ。
「ぎゃぁあああ!」
「ま、待ってくれええ!」
「やった! 初めてダンジョンに潜れるぞ!」
様々な反応を示しながら、人々はダンジョンの各地に転送されていった。
そして
(困ったぞ……俺魔力ゼロなんだけど)
今ある空間を強制的に変異させる。
その空間にいる人々を魔力に目覚めさせ、強制的に内部に転送する。
異世界の浸食現象。
それが――ダンジョン化現象の正体だった。
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