かりぬい
かつ、かつ、と二度シャーペンの先を紙のうえに落としたときに打たれたふたつのごくちいさな点をじっと見ていた。
手のなかでシャーペンをもてあそびながら、あるいはもてあましながら、そうしていればそれらの点がいつのまにか線になって文字になってそこに書くべきものになるんじゃないかなんて考えていた。それなのにあたりまえといった顔をして点はいつまでも点のままでその間に線がひかれることもなくぽつんぽつんとお互いに無関心にあった。
「おまたせ」
がらりと教室の扉がひらいて私がそちらのほうを向くよりもはやくサナが言った。日の落ちだした窓の外はそれでもまだまだじゅうぶんに明るかったけれど、廊下側の影はじわじわと濃くなりだしていて、電灯のついていないなかでサナの耳の金色をした三日月みたいなかたちをしたピアスはにぶい色をしていた。
「はやかったね」
「そうでもないよ」
サナは今日が提出の期限だった英語のプリントを出していなくてさっきあわてて終わらせたところだった。もうすこし小言のたぐいを言われてくるものと思っていたから私が思っていたよりも実際はずっとはやかったけれど、サナが苦い顔をしていたからしっかりとなにかしらの釘は刺されたのだろうとわかった。
教室にはもう私とサナのふたりしかのこっていなくて音楽室から聞こえてくる金管楽器の音の、淡黄がかった日の光にてらされて落ちた影が教室の隅のうすくらがりの色合いを濃くしていた。
自分の机からかばんを手にとったサナが私の席までやってきて手元をのぞきこんできたから私はとくに隠すこともせずにむしろそれがサナによく見えるよう手を机のうえからどけた。
「書いた?」
「まだ」
私がたずねるとサナはすぐにこたえてからかばんをあけてクリアファイルをとりだした。がちゃがちゃと色も飾りもにぎやかなわりにそのなかは案外整理されていることを私は知っている。
ファイルにはさまれたいくつかのプリントのなかから私がひろげているものとおなじ進路希望調査と書かれたものをとりだして、サナは私に見せてからまじまじと、そのときはじめてそうするみたいに読みだした。サナのそれは私のそれとまったくおなじように印刷された文字以外はなにも書かれておらず、第一希望から第三希望まである枠のなかはまっさらだった。違うところといえば私のほうの第一希望の枠のなかにあるごくちいさなふたつの点くらいだった。
「いつまでだっけ」
「書いてあるでしょ」
提出期限は来週の水曜日だった。今日が火曜日だからあと一週間ある。一週間もあるというべきか一週間しかないというべきかよくわからなかった。
「へー」
サナはあからさまに興味がないといったふうに相槌をうってからそれをまたファイルにもどしてかばんにしまった。その動作がふだん見ないくらいてきぱきとしていたから、この話はもうしないといった意思を私はそこから感じとった。
サナがそこになんと書くのかが本当はとても気になったけれどたずねることをしないままシャーペンの芯をひっこめた。
私がペンケースやプリントをかばんにしまっているあいだにサナは窓のそとをぼんやりながめながら耳のピアスを指先でなぜていた。ほんのすこしまえまでは見慣れなかったピアスの金色と長い爪のやわらかな薄桃色との対比はしかし似合っていてきれいだと思った。
たとえば一週間後。一ヶ月後。一年後。もっと未来。
サナはどんなピアスをつけているんだろうと考えた。最初それに違和感をおぼえて、でも次第に見慣れていく日々がまたそこに、まだそこにかわらずあるだろうか。
「かえろっか」
かばんのなかにプリントといっしょに頭のなかのもやもやとしたつかみどころもとりとめもない考えもしまいこんで考えないようにできればいいのにと思った。それらは希望というにはちくちくとしていて不安というにはふわふわとしていた。席を立った私にむかってなんでかサナは得意げにわらった。
椅子の足が教室の床をこする音が金管楽器の音にまぎれて影の色をまたすこし濃くした。
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