そでつけ

 昼休みのなかばをすぎたあたりの教室のざわめきは時計の長針のいどころをだんだんと気にしだしたふうにおちつきのない感じがするのであまりすきではなかった。そんなころあいになってようやく食べおえた今日のお昼ごはんにえらんだあまいたまご蒸しパンはずいぶんひさしぶりに食べた気がしたのにいつか食べたそのときとまったくかわりばえのしない味でこれといったおどろきも発見もなく、それでもたしかにおいしくはあったのでとくだん文句があるわけではなかった。

 私の前の今野さんの席に我が物顔ですわっているサナは早々におにぎりをふたつ食べおえていまは私に横顔を向けてスマートフォンをいじっていた。ふたつのおにぎりはどちらもツナマヨだったのでどうせならべつのにすればいいのにと言ったらおいしいからいいじゃんと言われて、そう言われたら返す言葉もなかったのでたまご蒸しパンといっしょに釈然としない気持ちをのみこんだのだった。この昼休みの会話らしい会話といったらそのくらいだった。

 私が食べおえたのをサナは横目でうかがってしかし顔まではこちらにむけることはしなかった。サナの顔は横から見るときちんとカールした長いまつげがよく目立っていた。口のなかのたまご蒸しパンのなごりをミルクティーでながしてから歯ブラシをとりだすためにかばんのなかをあさって、もういちど顔をあげたときにはほんの数秒もたっていなかったはずだけれど、その数秒のうちにサナはあからさまに不機嫌そうに唇をつきだしていた。今日のサナの唇はあかるいピンク色をしていた。

「どうしたの」

「べっつにー」

 べつに、なんてことはまったく思っていない調子でサナは言ってからスマートフォンをポケットにしまい横顔を私にむけたまま視線だけでちらとこちらをうかがって首をかしげてみせた。それはサナのその不機嫌の理由がスマートフォンのむこうではなく私にあるのだとアピールしているらしくてしかし私はその理由がまったくわからなかった。食べるのがおそいのなんていつものことだしおにぎりがふたつともツナマヨだったことへのひとことだってそのときは全然気にしたそぶりはなかったので原因とも思えなかった。

 こんどは私のほうが首をかしげるとサナはわざとらしくおおきなため息をつきながらむすっとしたまま頬杖をついてそっぽをむいた。

 そのとき動きにあわせてふわりとゆれたサナの髪の感じがたしかにいつもとちがったような気がしたので髪型でもかえたのかとよくよく観察してみるとしかし髪型はいつもとおんなじ感じでかわっているようには見えなかった。

 それでもなにかがたしかにちがったのでもっと注意ぶかく見ているとそれはサナの耳で髪のうごきにあわせていつもゆらゆらとゆれている銀色のピアスがないからだと気がついた。いつもそのふっくらとした耳たぶには細い銀色のチェーンのさきにまるっこい銀色のかざりがゆれてきらきらとしているのに、今日のそこには銀色ではなくて金色の三日月がさかさまになったみたいな形のわっかがゆれることなくぴかぴかとひかっていて、たぶんそれははじめて見るものだった。

 そうしてそれに気づいたあとだとよくよく観察しなくてもサナはときおりその三日月を指先でなぜていてそっぽをむいた姿勢からだとそれがよく見えた。

「それ」

 私がそう言うとサナはやっぱり視線だけでこちらを見たので私は自分の耳たぶにふれてみせた。

「きれいだね」

 そのときサナはそれまでの不機嫌がうそだったみたいにぱっとかがやかせた顔をこちらにむけてまた三日月を指先でなぜてみせた。

「ひとめぼれしちゃってさ」

 指先でふれてもそれはいつものまるっこい銀色のピアスみたいにチェーンの先でゆらゆらとゆれたりはしなかった。サナがそこから指をはなしたときにちょうど誰かがあけはなした窓から風がふきこんでサナの髪をふわりとゆらした。金色の三日月は風にゆらぐことなく本物の三日月みたいなたしかさでサナの耳たぶで我が物顔をしていた。

 上機嫌なサナを見ながら風にふかれて髪といっしょにいつもゆれている銀色のまるっこいピアスのほうが私はすきだなと思った。

 思っただけにした。

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