かりぬい

 かわいた高い空に昼休みの喧騒はまっさおにそまっていた。

 屋上に人のすがたはかぞえられるくらいしかいなくて実際にかぞえると私とサナのほかには二人の男子生徒と一人の女子生徒の三人がいた。それぞれが積極的に孤独を享受しにきているのかそれとも群れからおしだされてしかたなしにひとりなのかわからなかったけれど、三人はなるべく距離をとるみたいに端と端と端にいた。

 私とサナはとびらのすぐ横にあるかべに背中をあずけてとなりあってすわっていた。私とサナのあいだには人がひとり無理やりすわれるかどうかくらいのすきまがあったけれど、それはほかの三人にくらべたらあってないようなちいさなものだった。

 私はもそもそと黄色くてあまいむしパンをほおばりながら下の階からかすかにきこえてくる話し声やわらい声やおこった声に耳をかたむけていた。あけはなたれたとびらから空にむかってふわりとうかびあがるそれらはどれも意味をつかめるほど声としての輪郭をたもっていなくて、コードをおさえずに適当にかきならしたギターや幼いこどもが音律もわからないままたわむれにたたいたピアノの音色とさほどかわりがなかった。

 ひとあしさきにサンドイッチを食べおえていたサナはぼーっと空を見あげていた。三日にいちどくらいの頻度で食べるのがおそいと言われる。今日はまだ言われていなかった。

「ちっちゃいころにさ」

 雲のひとつもうかんでおらず鳥の鳴くこえのひとつもきこえない空は見あげていてもつまらないだろうにと思っているとサナがぽつんとなにもない空にしずくをおとすみたいな声で言った。私は黄色くてあまいむしパンをほおばったままサナのほうを見た。

 サナは空を見あげていた。サナのおおきな目に青いばかりの空がうつりこんで透明をたたえていた。まばたきをしたときに長いまつげの先でそれがはじけるのを見た。

「ひこうき雲のこと、彗星だと思ってたんだよね」

 サナが空を見あげたままだったから私もそうしてみた。ひこうき雲はどこにも見あたらなかった。

 ちっちゃいころと言ったサナがいまこのなにもない青色にいつのころの空をうつしているのかを考えた。ちっちゃいころのサナなんて見たことがなかったけれどなんとなくそれをすんなりと想像することができた。

 空にすぅっとのびたひこうき雲を彗星だと思って手をのばしたこともあったのかもしれない。それともただ見つめているだけだったのかもしれない。どちらにせよいつのころのことであってもいまの私には見ることのできないもので、いまの私の目にうつっているこの空にはあまりにもなにもなくてすこしだけさみしくなった。

 サナの言葉のつづきをまったけれどサナはそれ以上なにも言わなかった。この話はそこでおしまいといったふうに口をつぐんでしまったから私とサナのあいだのほんのちいさなすきまによぎったこのさみしさは私がどうにかするしかないみたいだった。

「もしかしたら」

 屋上には私とサナのほかに三人がいたけれど空を見ていたのは私とサナだけだった。ひとりはフェンスから校庭を見おろしていてひとりはスマートフォンをいじっていてひとりは足元のコンクリートを見つめてなにもしていなかった。だからこのとき私が空になにをえがいたとしてもそれを見ているのはサナしかいなかった。

「なに?」

「ひとつくらい、ほんものの彗星があったのかも」

 空よりももっとずっと高くてとおいところをだれもしらない彗星がかけていく。こんなふうになんにもなかったはずの空にすぅっと白い線をえがいて、ちっちゃいころのサナだけがこんなふうになにもなくても空を見あげていて、ひとりだけがそれに気づいてその線を指でそっとなぞる。そんな光景を思いうかべた。

「そうかも」

 サナがそう言ってようやく空じゃなくて私を見た。私はそれに満足してさっきのさみしさもすっかりわすれてしまってまたひとくちむしパンをほおばった。

「食べるのおそいね」

 サナは私を見ながらおかしそうに言った。きぃんとうえのほうからふいに音がして私とサナ以外の三人が空を見あげた。

 私とサナは空を見なかった。

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