第6話 冒険者登録

稲田イナダ 育美イクミさんかー。あのコがこのダンジョンを作ったのか。彼のことは正直、苦手なんだよなぁ」


 ボクは、頭をかいた。

 

菜音ナオトくん。稲田さんって、どんな感じの生徒なの?」


「え? 緋依ヒヨリさんと同じ学校の生徒でしょ?」


 緋依さんの方が、詳しいと思っていたけど。


「だけど、クラスが違うの。面識がなくて」 


 ボクは緋依さんに、イナダさんの特徴を教える。

 

「いわゆる陰キャなんだけどさ、話が通じる相手じゃないんだ。女子だから、ボクも話しかけづらくて」


 ボクも大概ネクラだが、稲田さんは卑屈な人物なのだ。

 苦い妄想が強く、言動も攻撃的である。


 ボクは直接、被害にあったことはない。

 しかし、友だちになりたいかというと、NOだ。


「おじさんがインフルエンサーでさ。芸能人の暴露なんかをやってる」


 稲田の父は芸能界の裏を暴く本物のジャーナリストとして、一時期話題にもなった。

 発言が過激すぎて、結局表舞台からは消えている。

 ドバイだかインドネシアだかに身を潜めていたらしいけど、すぐに見つかったという。


 逮捕直前になって、変死体で発見された。


 それ以来、娘であるタスクも行方がわかっていない。

 友塚に引っ越していたのか。


「なるほど。危険だな。稲田 侑來の父『稲田イナダ 育美イクミ』こそ、本来のディレッタント・ファイブだったのだ」


 稲田が、世界のダンジョン化に加担していたのか。

 でも、理由はわからなくもない。

 稲田は自己の正当化を、世間に受け入れてもらえなかった。

 世界に絶望して、ダンジョン化に参加してもおかしくはない。



「カトウ・アウゴは【ディレッタント・ファイブ】を解散させた。今は自分たちのことを【デヴァステーション・ファイブ】……【荒廃させる五人】と名乗っている」


 世界を破壊する、五人か。

 

「我々は稲田 イクミを追って、このダンジョンに入った」


 しかし敵の強さに、キバガミさんたちは撤退を余儀なくされた。


 そこまで、稲田さんは強いのか。


「明日、救護班がゲートを開いてくれる。キミたちは安心して、ダンジョンを出ていきたまえ。あとは我々に任せてもらおう」

 

「行きます」


「協力はありがたい。しかし、クラスメイトを殺せるのか?」


「やるしか、ないんですよね? だったら、戦うしかありません」

 

 別に、稲田に同乗するつもりはない。


「殺せるのか? 殺し合いの戦いになるぞ」


「でも、ダンジョンをこのままにはしておけないでしょ?」


「うむ。だが人道的には、キミらは帰すべきだと考えている。明日まで気が変わらないなら、同行を許可しよう。逃げ出すのは、臆病ではない」


 また、救護班に頼んで、ライカン化について調査もできる。

 場合によっては、ダンヌさんの除去も可能かもしれないとも。


「大丈夫です。検査だけ受けます」


「わかった。ひとまず、ここでできることをしてもらう。構わないかね?」


「はい」


「では、冒険者として登録を行ってもらう。GPS機能も付与されるが、構わないだろうか?」


「お願いします」


 もしボクがダンジョンで迷ったら、救護班がかけつけてくれるらしい。

 期待はできないけど。


 テントの中で、ドクターから注射を打たれた。


「ナノマシンです。これが体内の電力を取り込んで、能力値やバイタル面をデータ化します」


 女医さんが、そう説明してくれる。 


「ご説明は必要ですか?」


「結構です。じゃあ、ステータスオープン」


 異世界ものの、お決まりのセリフを言うことになるなんて。


「おおっ」

 

 ゲームのようなステータス画面が、黒いウインドウとして虚空に表示される。

 いわゆる【拡張現実】というやつだ。


「異世界側の協力者によって開発した、能力値の表示システムだ。決して危なくはないので、安心してくれたまえ」


「ありがとうございます」

  

 これが、ボクの能力値か。


 あとは、採血と爪や髪の毛のサンプルを渡して、検査は終わり。


「これでいいんですね?」

 

「調べようにも、設備がありませんからね」


 現地の機材では、限界があるという。


「冒険者登録は、可能なんですね?」


平井ヒライ 菜音ナオトさんのように、突然スキルが覚醒したりする人も、いますので」


 どうも、スキルが発動する現象が起きるのは、ボクだけじゃないみたい。 


「では今のうちに、休んでおきたまえ」


 キバガミさんに、食堂と宿舎を案内してもらった。


「本音をいうと、テーマパークのコラボラーメンがうれしいけど、これはこれでいいね。めちゃくちゃおいしい。ありがたいです」


 簡易食堂にて、自衛隊特製カレーを食べさせてもらう。


「冒険者って、特典があるの?」


「あるわよ。ありとあらゆる税金が、免除されるんですって」


 ダンジョンは、正確にはどこの領地にも属さない。

 定着した土地ではなく、『異世界』だからだ。

 各国家が税金を取りたくても、どこの国に属するのかわからない。

 また、定住するには危険が多すぎる。

 そのため調査費用も兼ねて、冒険者は免税を受けられるのだ。


 甘い言葉に誘われてか、冒険者の中には、ならず者も多い。


「私たち冒険者は、独自のゲートを使ってダンジョンに入っているの。でも数度までと、回数は決まっているわ」


 へたにゲートを開けると、魔物がいる中に飛び込んでしまう可能性もある。

 逆に、地球側に魔物が入り込むことはない。


「どうして?」

 

「地球には、魔力がないためだ」


 キバガミさんが、回答を引き継ぐ。


 魔物は、魔力がないと生きられない。魚のように、息切れを起こすのだ。

 そのため、世界を完全にダンジョン化して魔物を放つことが、【デヴァステーション・ファイブ】の目的である。

 

「といっても、魔力が豊富な元の世界の方が、彼ら魔物にとって住みやすい。デヴァステーション・ファイブは、魔物にとっても不必要で無価値な存在なのだ」


 だから、ダンヌさんと揉めたのだろう。


「じゃあ、ボクと融合しているダンヌさんって、地球に行くとヤバイんじゃ?」


 ダンヌさんに、ボクは復活させてもらった。

 ボクが地球に帰ると、ダンヌさんが死んじゃうのでは?


「その心配はないお。オイラはちゃんと地球で過ごせるお」


「ホント?」


「ナオトから、わずかに魔力をもらえるからだお」


「そっか。よかった」


「でも、地球では力を発揮できないお」


「わかった。注意するね」


 とにかく、稲田イクミと戦わないと。  


平井ヒライくん。稲田イクミとは、殺し合いになるぞ。考え直さないか?」

 

「いじめられていたのは、気の毒だと思います。だが、稲田 イクミのいじめにいたっては、あの人自身に問題があるんで」


 稲田イクミは、どのみち人間界でも生きていけない。

 あらゆるものを、拒絶しすぎている。


「そんなに、危険な人だったの?」

 

「廊下でカッターナイフを振り回して、無関係の女子にケガをさせるくらいには」


「十分すぎるわね」


「すべての人間に対して、攻撃的なんだよね。目に映るものすべてが敵みたいでさ」


 とにかく、出くわしたら倒すつもりである。

 

「そうだ。武器はどうしよう?」


 ボクはオークとの戦いで、蛮刀を拾った。

 これを何に使おうか。


「装備する? でも大きすぎるね」


 蛮刀の大きさは、サーフボードくらいある。

 オークの巨体だからこそ、これでも軽々と振り回せた。


 ボクには、扱えないかな?


「冒険者ギルドに、預けておくといいわ。素材として提供すれば、それなりの装備になるわよ」


「そうなの? わかった。じゃあ、預けてくるね」


 ボクは、ギルドに手持ちのアイテムを提供した。

 ポーションなどの消耗品以外、使えそうな素材はすべて利用してもらう。


「こんなに素材を。ありがとうございます……」


 テントいっぱいの素材を見て、ギルドの職員さんが唖然としていた。

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