第3話 世界ダンジョン化の成り立ち

 異世界……ますますファンタジー色が増してきたな。


「そもそも、どうしてダンジョンなんてできたの?」


「ダンジョンなんて、元からあったのよ。菜音ナオトくん。あなたがずっと生まれる前から。それこそ、神話の時代からあったらしいわ」

 

 そうだったんだ。

 てっきり、ファンタジー小説や漫画の世界なのかなとばかり。


「神隠しとか呼ばれる現象が、あったでしょ? そういう現象を解決する組織は、秘密裏に存在していたの。それが私たち、冒険者ってわけ」


 だが最近になって、世界の異世界化が止められなくなってきたという。 

 何者かの手によって、世界各所にダンジョンができているそうだ。


「VRって知っているでしょ?」


「うん。仮想現実だよね」


「今ではすっかりメジャーになっている世界よね。それをとある狂人が、現実世界に作り出そうとした。その愚かな発想が、今のダンジョン隆盛時代に至ったの」


 投資や不動産などで財を成したギーク層、つまり「オタク」たちが、「本物の」異世界を作り出してしまったのだ。


「どうして?」


「それこそ、思いつきよ。バーチャルでは、満足できなくなったの」


 だが一人の天才によって、その夢みたいな発想は現実化した。


「彼ら超富裕層の中でもリーダー格だったのが、神籐カトウ 恵吾ケイゴ有迂醐アウゴの父親よ」


 冒険者の避難キャンプがある場所まで、緋依ヒヨリさんと向かう。


 魔術師・神藤カトウ アウゴこそ、世界にダンジョンという異世界を生み出した張本人だ。

 だが、発案者は、彼の父親であったらしい。


「最初は、LARPラープ同好会から始まったと言われているわ」


「ラープ?」


「体験型のRPGよ」


 ファンタジー世界の住人になりきって、実際の装備や道具などを揃えて遊ぶゲームだという。


「現実はクソ、という考えのもと、ファンタジー世界で生きてみようという試みで、ずっとラープ活動をしていたの」


 会社に勤めていなくても、投資資産があるため、彼らは特に生活が困っていなかった。


 ヒマはいくらでもある。

 だが、現実には戻りたくない。

 

「メンバーは全世界で、一万三〇〇人ほどの規模だったみたい。中でも代表者の五人が、一時期テロリストとして国家から危険視されたわ。彼らは自らを、【ディレッタント・ファイブ】と名乗ったわ」

  

五人の好事家ディレッタント・ファイブ』、か。


 ディレッタントというのは、好事家という意味で、専門家ではない愛好家を指すそうだ。


 彼らは現実世界でのマネごとでは飽き足らず、本物のダンジョンを作ろうと考えた。


「そこまでなら、彼らは平和だった。洞窟と言っても、シェルターを買ったり、私有地を改造していたりって程度だったし。でも、その均衡を破ったのが……」


神藤カトウ有迂醐アウゴ

 

「そうよ。彼は……ちょっとまって」


 ヒヨリさんが、ボクを静止する。


「魔物が現れたわ」


 ズズウ、と黒い影が物陰から姿を現す。

 

 スライムだ。


 始めから名称を知っていたわけじゃない。ボクと融合した【魔王・ダンヌ】が、脳内で教えてくれたのである。

 

 ファンタジーゲームに出てくるような、ファンシーなデザインではない。

 グロくておどろおどろしく、不気味だ。

 人の手が、スライムの身体から突き出ている。


「お食事中みたいだお」


 ダンヌが、悪趣味に笑う。


菜音ナオトくん、ここは任せて」


 緋依ヒヨリさんが、刀に手を伸ばす。


「スライムってゲームだと、物理攻撃に強いみたいだけど?」


「平気よ。付与魔法を通すから」


 緋依さんの鞘に、炎がゆらめく。


「シャ!」


 刀を居合抜しつつ、突進する。


 スライムは、真っ二つになった。

 切断面に、炎が見える。


「すごい」


「あなたの攻撃のほうが、とんでもないわよ」


 刀を鞘に収めて、ヒヨリさんは息を整えた。


「どうぞ。お腹すいたんじゃない?」


 ヒヨリさんが、ボクに魔石を差し出す。


「ありがとう。でも、遠慮しておくよ。必要になったら、自分で狩って食べるから」


 そうしないと、強くなれない。


「わかったわ。必要になったら言ってね」


「ヒヨリさん、ありがとう。あと……伏せて」


 ボクは、ヒヨリさんを飛び越えた。


「てや! 【マッド・クロー】!」


 爪を伸ばし、ボクはコウモリ型の魔物を切り裂く。

 コイツら、観覧車に掴まっていたのか。コウモリが、昼間でも普通に動けるとは。


「気づいていたのね?」


「うん。ダンヌと融合した影響かも」


 ボクは、コウモリの魔石を吸収した。


「他にも、たくさんいるね」


 虫型やコウモリ型の魔物を、二人で協力して狩り尽くす。


「お話ばかりで、退屈しないで済みそうね」


「そうだね」


 これが、世界のダンジョン化だ。

 普通に歩いていれば、一時間くらいで外周を回れる。

 だが、ダンジョン化するとかなりの広さになってしまう。拡大規模は、三倍くらいだろうか。お店とかアトラクションだとかの外観も、すっかりが禍々しいものに変わっている。

 外界とも隔離され、出るにはダンジョンを形成する「マスター」を処分する必要があるのだ。


「緋依さん、あっちに逃げ遅れた人が!」


 家族連れが、大量のモンスターに囲まれている。

 子どもの泣き声に反応しているのか、モンスターがいやらしい顔で舌なめずりをした。


 許せない。あんな小さい子を、いたぶろうとするなんて。


「ダンヌさん、あいつらの気を、こっちに引くことはできないかな?」


「今のキミの力なら、できなくもないお」


 ボクの視界に、青白いウインドウが浮かぶ。ゲームのステータス画面みたいな。

 ダンヌさんが、【スキル表】を見せてくれたのだ。


「冒険者なら、スキルを使うことができるおね。でも、オイラと融合した今のキミでも、技や魔法が扱えるお」


 中でも、ボクは【ヘイトコントロール】というスキルに着目した。


【ヘイトコントロール】の説明を読む。


「力の弱い魔物の注意を、強制的にこちらに向けさせる、か」


 自分を「力のないエサ」と見間違えさせることが、できるみたい。


「弱い敵でレベルアップするための、訓練用スキルだお」


「やってみる! いくよ、ダンヌさん。ヘイトコントロール!」


 ボクは覚えられるスキルの中から、ヘイトコントロールを選んだ。


 しかし、なんの変化も起きなかった。モンスターがこちらに視線を向ける動きもなし。

 どうやら、スキルを取っただけでは、発動しないみたい。

 

「なにか、言ってみるといいお」


 叫んで、こっちに注意を向けさせるのか。


「でも、キミにヘイトが集まっちゃうお」


「四の五の、言っていられるか!」


 こうしている間にも、あの親子は食べられてしまう!

 

「わああああ! 助けて! バケモノだあ!」


 精一杯、怯えた表情を浮かべて、逃げ惑う。


 魔物の視線が、こちらを捉えた。

 怪物たちが、一斉にボクに向かって襲いかかってくる。


「ボクが奴らの注意を引き付けます! 緋依さんは、あの親子を!」


「わかったわ! ムチャしないでよ!」


「心得ています!」


 わざと足をもたつかせながら、バタバタと逃げ回った。

 できるだけ、あの親子連れから引き離すように。


 バケモノ、こっちだ! 


 気がつけば、行き止まりに。

 すぐ下は、崖だ。


 ボクは、足を止める。


 振り返ると、勝ち誇ったかのように魔物たちが笑う。

 

「ダンヌさん、もういいかな?」


「いいお。家族連れの周りからは、魔物がいなくなったお」


 なら、反撃開始とするか。


 ボクは、パワーを全開にする。

 収まっていた魔力が、再び膨れ上がった。


 馬面の魔石を取り込んだことで、ボクはさらに強くなったのを感じる。


 魔物たちが、「しまった」という顔になった。

 コイツらにも、ボクの強さがわかったようだ。

 

 ボクはまだ、ロクにダンジョンの仕組みを知らない。

 魔物たちには、ボクの訓練に付き合ってもらう。

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