第2話 ライカン化

「げっほ! げっほ……」


 緋依ヒヨリさんの首から、魔物の手が消えていた。

 魔物が倒れる前に、緋依さんが刀で相手の腕を切り落としたらしい。


 魔物の死体から、白いモヤのようなものが溢れ出す。

 モヤは、緋依さんの身体の中に入り込んだ。


「緋依さん!?」


「平気よ。戦闘力がわずかに戻ってきただけ」


 なら、よかった。


「それより菜音ナオトくん。あなたの方が大丈夫なの?」


「ボクですか? えっと……」 


 手が、元のサイズに戻る。


「大丈夫みたい、だね?」


「そう。助けてくれて、ありがとう」


「いえ。余計なことをしました」


「とんでもない。あなたがいてくれたから、私は助かったのよ。あなたが突き飛ばしてくれなかったら、私は気絶させられていた。そのままアウゴの元に、連れ去られていたでしょうね」


 さっきボクが食らった一撃は、手刀だったらしい。

 戦闘力の高い緋依さんなら、気絶で済んだだろう。

 まったく戦う力がなかったボクが食らうと、身体が真っ二つになっちゃったのか。

 

「でも、ここから出る方法がなくなったわ」 


 さっきまで出口のあった場所が、壁になっている。

 どうも、さっきのタイミングが最後だったようだ。

 ボクたちは、ダンジョンに閉じ込められたみたい。


緋依ヒヨリさん、脱出する方法はある?」


「ないわ。このエリアを支配するボスを倒さない限り、出られない」


「そんな。学校どうしよう?」


「ごめんなさい、ナオトくん。私が不甲斐なかったばっかりに」


「緋依さんのせいじゃないよ。全部あのアウゴってやつのせいでしょ? 気にしないでよ」


 アウゴという魔術師を倒せば、ここから出られる。


 でも、人を殺すことになるんだよな。


 とはいえ、相手だって人殺しだ。

 

「気になるかお?」


 ダンヌが、ボクに問いかけてくる。

 彼はボクに憑依した、魔王だ。


「いくら非人道的な相手だって言っても、ねぇ」


「なら、オイラに全部の責任を持たせればいいお。オイラは人を殺すことに、なんのためらいもないお」


 また、アウゴはもう人間であることを捨てているらしい。

 ダンヌが戦ったときから、すでにアウゴは人間ではなかったという。


「じゃあ、敵だね」


「その感覚でいいお」


 相手が人間じゃないなら、容赦はしない。

 

「ん?」


 なにか、手の中に違和感が。


 ボクは、自分の手を広げてみた。

 手には、小さな石が握られている。


「それは、【魔石】よ。モンスターを倒すと、手に入るの」


「うん。魔力の結晶だよね?」


 ダンヌの知識を借りて、アイテムを鑑定してみた。


 魔物は死ぬと、魔力を結晶化させる。

 その集合体を、【魔石】と呼ぶのだ。

 魔石の用途は多数あり、アイテムの強化・自身の強化に使う。

 冒険者ギルドに提供すれば、報酬にもなる。


「ボクが食べちゃっても、いいんだよね?」


 どういうわけか、ボクは魔石を自分の力にするという選択肢しか、考えつかない。


「たしか、討伐記録はギルドに登録されるから、魔石の提供までは任意なんだっけ?」


 報酬は、減ってしまうが。


「あなたがいいなら、それでもいいわよ。ただし、魔石を自分の強化に使う人は少ないわ」


「どうして?」


「強くなりすぎるの。人間性を失っていく、というのかしら?」


 魔石で自分の力を増幅すると、人間離れしてしまうらしい。


「そうやって、人間としての心を失っていって、本物の魔物になった冒険者も多いわ」


「たしか【ライカン化】、だったっけ?」

 

「そう。あなたのような」

 

 ライカン化とは、魔物を倒して手に入れた魔石を取り込み、モンスターになってしまう現象を指す。

 突発的に魔石を触ってしまった人間が、よくなるという。

 昔話などにでてくる狼男やヴァンパイア、鬼などは、かつてダンジョンから出てきたライカンらしい。


「私たち冒険者の中には、ライカンの者もいるわ。超能力者とかもいるから、特に珍しがられないわよ」


 いわゆる「獣人」、と呼ばれる存在だという。


「この状況、私たちだけでは乗り越えられないわ。ギルドのメンバーと、一刻も早く合流しないと」


 それなのだが、懸念材料が。

 

「たしか冒険者って、ギルドに所属する必要があるんだよね? ボクってさ、ギルドに行ったら、保護されちゃうのかな?」


 ボクは、よりによって魔王と。


 魔物と融合したせいで、根掘り葉掘り聞かれるのかもしれない。

 最悪、実験動物みたいにされて、最終的に銃殺とか。


「そこまで、ひどい組織ではないわ。今は、少しでも戦力が必要なのよ。人を襲ったり食べたりするならともかく、あなたは特に怖くないわ」


「緋依さんは、ボクが平気なの?」


「平気よ。菜音ナオトくんが私を食べるつもりだったなら、私が弱っている時点でそうしているわ」


 ああ。たしかに。


「えっと。ボク、お腹が空いてないんだよね。これって、どういうことだろ?」


 お弁当を食べずに、テーマパークをウロウロしていた。


「というか、お弁当さえ持ってきていないんだよ」


「どうして?」

 

「お目当てのメニューを、食べに来たからなんだ。テーマパークの、限定コラボラーメン!」


 ウチの修学旅行では、ある程度までなら自由にお金を使える。

 なので、VTuberとコラボした限定のメニューを食べたいと思っていた。


「スープが、ピンク色なんだよ! といっても、味は魚介しょう油豚骨らしいんだけど。そのVタレントも、中の人が冒険者らしいってウワサで!」


「そ、そう。外に出たら、食べましょう」


「うん……ん?」


 なぜだろう? なんか、緋依さんに視線をそらされたような気が。


「ごめんなさい。気を悪くしちゃった?」


「いいえ。なんでもないわ。それより、空腹じゃなくなったって話よね?」


 そうだった。


「どうして、お腹が空いていないんだろう」


 あれだけ、ラーメンが食べたいなーって思っていたのに。 

 

「それは、魔石を食べたからだお」


 レベルの高い魔物を養分にしたから、ある程度食欲は収まっているのだと、ダンヌはいう。


「あなたは、魔王とか言ったわね? さっきの魔物との会話を、聞き逃さなかったわ」


「そうだお」


 いつの間にか、ボクの方に白いライオンが乗っていた。

 さっきボクと話していたサイズより、はるかに小さい。リスくらいの大きさだ。


「このダンジョンの構造は、どうなっているの? 規律型? ランダム型?」


 ダンジョンには、【規律型】と【ランダム型】の二種類ある。


 規律型とは、変化しない構造を持つダンジョンのことだ。

 魔王城や、塔などを指す。


 ランダム型は、大きさや規模が入る度に変わるダンジョンをいう。


「ここは、ランダム型だお」


 元々は、獣王の魔力で制御された【規律型ダンジョン】だったらしい。

 しかしダンヌが負けたことで、アウゴの魔力によって【ランダム型ダンジョン】に変わってしまったという。

 

「まずいわね。ますます、ギルドとの連携が難しくなってきたわ」


「スマホで、現在地を確認とかできないの?」


「そうね。やってみるわ」


 冒険者たちは、専用のスマホを持っている。


 これによって、保護対象を見つけたり、魔物を察知したりするのだ。


 使っているところなんて、生では見たことがない。


「あっ。大丈夫そうよ。ここから数時間ほど歩いた先に、仮拠点があるみたい」


 電話は繋がらないが、キャンプ地はかろうじて存在するみたいだ。


「行ってみよう」


「いいの? キャンプに同行しても。あなたの素性が知れたら、ギルド職員になにをされるか」


「でもこのままじゃ、ふたりとも野垂れ死んでしまうよ。力になれるかわからないけど、キャンプまで護衛するよ」


 人間の拠点があるなら、場所だけでも知っておきたい。

 

「……ありがとう。じゃあナオトくん、ついてきて」


 ボクは緋依さんに導かれて、ダンジョンの建物から出た。


「うわあ」


 空は青い。しかし、明らかに地球の風景ではなかった。

 これは、どこなんだ?


「驚いた? これがダンジョン。人によっては、【異世界】とも呼ぶわ」

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