第14話「普通だよ。『普通に変』なだけ」

「勉強会をするにあたって、いくつか条件があるわ……あるの」


「うんうん、何かな?」


 珍しく自分の前で口を開いた川越かわごえの言葉に、身を乗り出す常盤ときわ


「まず、大前提は、柳瀬やなせくんが必ず参加すること」


「うん、それはもちろん構わないよ? ……でも、本当に岩太がんたくんのこと、好きとかじゃないんだよね?」


「ええ、あまり何度も言わせないで欲しいわ。BSS……とにかく、あなたが……常盤さんが心配するようなことはないわ」


「びーえす……? 私は何を心配してるのかな?」


「ここでは言えないわ。罪の上塗りになるもの」


「罪の……うわぬり……? 岩太くん、なんのことかわかる?」


「知らん」


 よくその純度100パーセントの透明な目で首をかしげられるな。


「まあいいや……それで? 『まずは』ってことは、他にも条件があるんだよね?」


「そうね。次に……あたしに教室で話しかけないでちょうだい」


「え、どうして?」


「どうしても、よ」


 常盤は再び俺の方を見てあざとく小首をかしげる。『どうして?』という意味っぽい。これは本当に知らないもんな。


 とはいえ、だ。


「川越。何もかも秘密だと、多分、逆に約束も守れない」


「どういう意味かしら?」


「つまり……理由が分からない約束だと、『話しかけない』ってことは出来たとしても、何か他の方法で約束を破っちゃうかもしれないだろ?」


 俺の言葉こそボカシまくりで伝わらないかもしれないな。具体例は分からないが、話しかけはしないが、みんなの前で喋らせるようなシチュエーションがないとも限らない。ということが言いたかった。


「……じゃあ、あなたが話して」


 どうやら、このハイコンテクストな文章が作家の彼女には伝わったらしく、川越は肩をすくめて俺にボールをパスする。


「分かった。えっと、常盤……」


「うん?」


 俺は適した話し方を探す。


「……川越は、人前で話すのが好きじゃないんだ」


 俺はちらっと川越を見る。「この言い方で大丈夫だったか?」と視線で問いかけると、「ここまではね」と頷く。


「そうなんだ?」


「…………」


「ああ、話し方がきっかけで嫌なことを言われた、というようなことが、あったらしい。……川越、大丈夫か?」


「……うん。柳瀬くんにしてはちょうどいいわ」


「ふーん……?」


 常盤は少し眉をひそめて、


「どんな言われ方かって……聞いても、いい? もし難しかったら全然無理しないで」


 真剣な顔で問いかけた。


 少しがあって、忌々いまいましげに川越が言葉を続ける。


「……小説みたいな話し方が、気味悪いそうよ」


「……そっか。そんなこと言われたら、たしかに嫌になるっていうか喋ってやる気も・・・・・・・失せる・・・よね」


 常盤はふむ……と鼻から息を吐き出す。


「分かった。みんなの前で話さないようにできればいいんだね。協力するよ」


「……ありがとう」


「それを教えてもらえて良かった。私、仲良くなれたような気になって、むやみやたらに川越さんに話しかけちゃうところだったもん」


「でしょうね……」


 容易に想像がつく。というか、常盤じゃなくても、そうなるのが自然だ。


「それにしても、うーん……」


「常盤、どうした?」


「これは私の勝手な意見で、押し付けるべきじゃないから、別に何を是正して欲しいってことでもないんだけど、私は川越さんの話し方は全然変だと思わないな」


 常盤は飾った感じではなく、そう言った。


「どうかしら? あまりあたしと話してないだけじゃない?」


「そんなことないよ。川越さんが小説みたいな話し方なら、私は漫画みたいな話し方してるもん」


「……おお」


「なに?」


「あ、いや……」


 そんな芯を食ったことを、突然常盤が言ったことが意外だった。


 常盤は川越に向き直って、さらに、こう続ける。


「自分にとって普通なことを、他人に変だって言われて、他人にとって普通にするために、自分にとっては変になる。それって変じゃない?」


「……あなた、結構変わってるのね」


 呆れたように、川越が笑う。


「そうかな? 普通だよ。『普通に変』なだけ」


「ふっ……」


 川越は小さく笑った。


 普通とか、変とか、入り乱れていてよく分からないが、なんとなく2人が本音同士で少しつながっている感じがして、安堵するのと同時に、少し羨ましくも感じる。

 

「それでね、これが最後の条件」


「お。まだあるんだね? 何なに?」


 常盤は優等生メインヒロインの仮面を被り直して、作り物めいた微笑みを浮かべる。


「あのね、勉強会の前後とか……他の日でもいいんだけど」


 対して川越は、またしても真顔で、こんな提案をした。


「たまに、柳瀬くんと二人で、デートしてくれないかしら」


「…………はぁ?」


 ……常盤の仮面が剥がれた瞬間だった。

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