第15話「えへへ、くっつき虫〜」

 下北沢しもきたざわ


「それじゃあ、どこに行こっか?」


 翌日、土曜日。


 午前授業の放課後、俺は常盤ときわと一緒に、井の頭線の改札から出た。


 吉祥寺きちじょうじだとうちの高校の生徒がわんさかいるだろうし、そこから少し離れたところだと……ということで、常盤が決めたのが下北沢だった。


「さあ、どうするかなあ……」


岩太がんたくんのデートプランとか……期待してもいいの、かな?」


 猫みたいにした手を口元にあてて、完璧なヒロインの仕草で俺を見上げてくる。


「いや、期待しちゃだめだろ」


「ないのかな……?」


「ないですね……」


「そっかあ……」


 おい、残念そうに目を伏せるな。俺を誰だと思ってるんだ。中学時代から今まで一回もそんなスマートなところ見せたことないだろうが。


「うん。そう、だよね……」


「ご、ごめん……」


 謎に追い討ちをかけてくる常盤にこらえきれず謝ってしまうと、常盤はバッと顔をあげて、


「ううん! そんな!」


 と、胸元で両手のパーを振った。


「岩太くんと一緒にいられるだけで、私はすっごく嬉しいんだよ? ただ、そうじゃなくって、その……岩太くんがそんなに楽しみじゃなかったのかなあ、って思ったらちょっとだけ……寂しいなって。でも、私から誘ったんだから、そりゃそうだよね……」


 常盤はハの字眉で微笑む。うーん、俺、常盤に誘われた覚えはないけどね……?


「なんてごめんね、こんな女の子、めんどくさいよね」


 タカタカタカタカっ!


 ……どうやら今のはかなり得点が高かったらしく、後ろでスマホをフリックするにしては大きすぎる音量で画面を叩く音が聞こえる。


「でも、今日はそんな岩太くんもめいっぱい楽しんでもらえるように、私がんばるね! 岩太くんのために!」


 この罠に、


「いや、別に俺のためとかじゃなくていいけど……」


 俺はまんまと引っかかる。


「ううん、岩太くんが楽しんでくれる表情かおを見れるのが、私の幸せだからっ」


 これを言うための伏線だったか……。ヒロインがお上手だなあ、常盤さん……。


 案の定、タカタカタカタカっ!と後ろで音がする。


「とりあえず、あっちの方歩いてみよっか?」


「ああ、うん……」


 俺がつられて歩き出すと、


「えへへ、くっつき虫〜」


 とか言って身を寄せてきたと思うと(やりすぎでは?)、俺の耳元に唇を寄せて。


「ねえ、これでいいの? まじで意味分かんないんだけど。川越さんってネトラレ属性でもあるわけ?」


 低い声で耳打ちする常盤。本性の方ギャップが怖すぎるよ。


 耳元から離れた常盤美羽は完璧なメインヒロインの表情でいたずらをした後みたいにペロっと舌を出す。


 それだと「岩太くん、寝癖ついてるよっ」とかそれ系のことを言ってきたみたいなんだけど。


「そんなんじゃなくて……」


 と否定しようとするが、俺はたしかに説明にきゅうしていた。


 そりゃ、誰だって意味わからないだろう。


 昨日のカフェでの話し合いの結果、俺と常盤はデートをすることになった。すぐ後ろをずっと川越がついてくる、という条件付きで。




* * *


「……ごめん、どういう意味かな?」


 カフェ・フクロウ


 仮面を被り直した常盤は、至って素直な質問を川越に投げかけた。


「え、どういう意味って何かしら……? あなたと柳瀬くんでデートをして欲しいって字義的に他に捉えようある……? デートは知ってるわよね? それを柳瀬くんとしてほしいのよ。その後ろを、あたしがついていくから」


「んーっと、それは私の知ってるデートで合ってるのかちょっと不安かなーって……」


「デート……あ、『日付』の英訳じゃないわよ? えっと、日本語だと逢引あいびき、古くだとランデブーとかいう、あのデートのこと。逢瀬おうせ……だとちょっと卑猥ひわいというか淫靡いんびなイメージが付与されるかもしれないけど」


「ああ、うん、分かった……。えと、『2人でお出かけする』って意味のデートだよね?」


「そ、そうね……! どうして平易な言い方で言い換えられないのかしら。ごめんなさい、別に知識をひけらかそうとしたわけじゃないの。ただ、あたしの頭の中のweblio類語辞典が単語で提案してくるものだから……。あたしって、ほんとバカ」


 川越は偏頭痛みたいに頭を抱えて反省する。


「そこまで自分を責めなくてもいいけど……。それで、川越さんがそれについてくるって……?」


「ええ、そうなの。それをさせてほしい、という話」


「その時点で一般的なデートじゃないとは思うんだけど……。んと、どうして……かな?」


「ああー……なんて言えばいいのかしら……」


 川越は「あー」とか「うー」とか言いながら、さんざん逡巡して逡巡して言葉を探したあと。


「あなたたちを見ていると、あたしは強くなれるの」


「はぁ?」


 うん、常盤のその反応は極めて正しい。俺ですら、何言ってるのか若干分からない。


「えっと……じゃあ、もう少し正確に言うわね?」


「う、うん……?」


「常盤さんを見ている柳瀬くんを見ていたいのよ」


「それどういうプレ……ゼント? かな?」


「プレゼント……? ごめん、あたしもあなたが言ってることが全然分からないわ」


 おい、今「それどういうプレイ?」って言おうとしただろ。


 今回は川越が混乱するのも分かる。この混乱を招いてるのは川越自身だから自業自得にもほどがあるけど。


「とにかく、どう……かしら? それとも、柳瀬くんとデートするのは嫌かしら?」


「別に嫌じゃないけど……岩太くんがいいなら」


「大丈夫よ、この人にはもう許可を取ってあるもの」


「許可した覚えがないんだけど……」


 やっと口をひらけました、ごぶさたです、これが柳瀬岩太の声です。


「いいえ、したわ。ここで。一昨日」


 それは、俺と行動を共にするのを許可しただけで、常盤とのデートを許可したわけじゃ……いや、まあ、それも含むのか……?


「……岩太くん」


 俺が思考回路をぐるんぐるんに回していると、俺の手をさらっとした手がきゅっと握る。


「私とデートするの、いや?」


 常盤美羽が、うるうるの上目遣いで尋ねてくる。


 本性を知ってもなお庇護欲をそそるその目に、


「……いや、とかじゃ、ないけど」


 そう答えた俺、チョロすぎるんですけど……。


* * *



「もー、眉間にシワ寄ってるよ? せっかく一緒にいられるのに」


 常盤美羽トキワミウ(メインヒロインのすがた)が俺の眉間を指で揉んでくる。


 そして、もう一度俺の耳元に唇を寄せる。


 今度は低い声でどんな怖いことを言ってくるんだろう、と身構えた瞬間。




「私、楽しみにしてたのは、ほんとだよ?」




 ……おい、演技と本性の境界線を越えてくるなよ……。

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