第6話「もう、岩太くんは迂闊だなあ」

「いつからそんなに仲良しになったの?」


 振り返るとそこには、笑顔の常盤ときわ美羽みうが立っていた。


 ヤンデレみたいな登場の仕方するなよ、圧を感じるだろ……。とは思うが、そんなことはさすがにおくびには出さない。


 そんなことをしたら負けだ。


「いや、仲良しっていうか……」


 とはいえ、なんと釈明しようかと考えて、


「川越が、あー……一昨日、俺のバイト先に来てるのに気づいて。本が好きらしくて、それで、その……話してみた、みたいな……」


 本当とも嘘とも言えないことを返す。


「どうしてそんなにしどろもどろなのかな? 私、浮気を問い詰めてるように見える?」


「うーん、見えるねー……」


 答えたのは、もちろん俺じゃなくて、俺の前の席の松山まつやまだ。


「ひどいなあ」


「だって見えたからさー」


 二人が一定の間合いを保ったまま、じゃれあい始める。


 松山まつやま詩乃しのは、なんだか距離感の特殊な人だ。


 別にパーソナルスペースが狭いとかそういうことじゃないし、距離感がバグってるということではないんだけど、なんというか、極めてフラットなのだ。男子と話してる時も、女子と話してる時も変わらないし、仲の深さによって態度がまったく変わらない。それはそれで逆に不思議な感じがする。


 まあでもそのおかげで陰の者の俺もここ1ヶ月くらい普通(?)の学生生活が送れている。気がする。


「あ、というか。常盤に相談したいことがあったんだ」


 俺はついさっきのことを思い出して話をする。今を逃したらもうチャンスは来ないかもしれないし。


「ん、なにかな?」


「ほら、クラス替えから1ヶ月くらい経ったし、そろそろ席替えの時期じゃないか?」


「ああ、たしかに。……え、それって、川越さんと今席遠いからってこと?」


「いや、そういうことじゃなくて……」


 まあ、半分はそういうことなんだけど……。


「今の流れでそんなこと言われたらそうにしか聞こえないよー? もう、岩太くんは迂闊うかつだなあ。もう少しバレないようにしてよね」


 呆れたように片頬を膨らませる常盤。


 ていうか、常盤ってつくづくメインヒロインの動きするなあ……。川越と話した後だから意識してるだけじゃないよな……?


「まあ、私も教卓の目の前だから、そろそろ変えても良いかなって思ってたけど」


「へえ、美羽ちゃんでも、そういうの嫌なんだ? 先生嫌いとかそういう感情ないのかと思ってた」


「先生が嫌いとかはないけど、やっぱり目の前にいるのは緊張するよー」


 あはは、とはにかんだように笑う。その笑顔も一片の隙もなく可憐だ。


「まあ、席替えのことは明日ちょうどロングホームルームあるし、聞いてみよっか」


「ありがとう……」


「あ、その代わりね、岩太がんたくんにちょっとお願いがあるんだけど……」


「ん?」


 常盤は、俺の耳元にそっと唇を寄せて、あることを耳打ちした。


「うーん、どうだろうな……」


 俺が川越の方を見やると、細目でこちらをガン見していた。おい、迂闊だぞ。もう少しバレないようにしてよね?





 昼休み。


 俺が売店に行こうと立ち上がるとほぼ同時、窓際でガタン、と音がする。


 売店に向かう俺を、後ろからたったったった……と小柄な足音が追いかけてきた。


「重大なチャンスを逃したわ」


 横に並び、挨拶もなしに話し始めた川越は、


「何のためにあなたの隣にいたのかって話よ。常盤さんとの会話を聞きそびれちゃったじゃない。常盤さんがどんなことを言ったのか、柳瀬やなせくんがどんな感じで平静を装ってスカしてたのかを聞きたかったのに」


「スカしてねーし」


「中学生みたいになってるわよ。まあ、どんな顔で見惚れてたのかは遠くでもよく分かったけどね」


「教室出るとめっちゃ喋るな、川越」


「うるさいわよ、話そらし野郎」


 話そらし野郎……。


「で、俺は売店に向かってるんだけど、ついてくるんでいいのか?」


「ええ、売店から戻ってくる時にカルピス飲んでる常盤さんに会えるかもしれないからね。それに、お昼ご飯あたしも買うし」


「へえ。……カルピス?」


「青春の味なんだって。あたしの大好きな本に書いてあったわ」


「商標堂々と使って大丈夫なのか、その本」


「ああいうのはね、別に悪いこと書かなければ大丈夫なのよ。出版社が気遣ってるっていうかビビってるだけで。まあ、某ディズニー社とかはかなりうるさいらしいけど」


「『某』の意味」


 そんな話をしている間に売店に到着し、俺はベタにおにぎりと焼きそばパンとお〜いお茶を買って外に出る。(案の定、売店に入った途端川越は一言も発しなかった。会話を聞かれる可能性があるからだろう)


 すると、先に出ていた川越が俺を待っててくれたらしく、


「ふっ、お〜いお茶ね。安定思考のあなたらしいわ」


 と鼻で笑ってきた。


「いや、バカにするなよ。それこそ本にそんなこと書いたら一発でアウトだからな? お〜いお茶が一番美味いだろ」


「はい、それもアウトね。他のお茶に失礼よ」


「うっ……」


 たしかに。難しいな、商標。


「ていうか、川越の昼飯って……それ?」


 彼女の手には、ブラックの板チョコが一つ。


「ええ、そうよ? 何、文句あるの?」


「なんか、天才っぽくて鼻につくなあ、と」


「はあ? こんな行動くらいで天才になれるなら苦労しないわよ。天才舐めてんの?」


「怒るポイント独特だな」


「それはそうと、あなたが一番ほうけていた瞬間の話だけど。何を耳打ちされていたの?」


「ああ……川越さ、今日もし放課後暇だったら、」


 俺は「これ、俺が言ってるわけじゃないからな?」と前置きして、伝える。


「常盤が、川越と一緒にファミレス行きたいんだってさ」


「………………はぁ?」

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