第39話
◻︎◇◻︎
戦いが終わり1ヶ月、王の崩御が報じられて1か月、国は、民は、王宮は、ただ1箇所を除き、平穏を、取り戻しつつあった———。
「………………」
国王、王妃、第1王子が去った王宮では、第2王子アルフォードの派閥を中心とした新体制で国政が営まれていた。
しかし、その中には、肝心のアルフォードがいない。
何故なら彼は、王宮の奥深く、幼少期に幽閉されていた部屋の寝台にて、抜け殻のように過ごしていたからだ。
「………アル」
アザリアの声さえも、アルフォードには届かない。
彼は、アザリアにされるがまま、抵抗をすることなく、食べて寝るだけの生活をしていた。
アザリアによって甲斐甲斐しく世話をされているアルフォードの身体には、1か月も寝たきりであるのにも関わらず、床ずれすらもない。
目の下に深い隈を作っているアザリアは、そのぐらい真剣に、アルフォードの世話をしていた。
「ねえ、………わたくしにお話をして。………………記憶を失う前のわたくしのお話を。
———ねえ、答えてよ、アルっ、」
何度乞い願おうとも、彼の返事はない。
虚空を呆然と見つめたままの彼からは、出会った頃のような、共に過ごした殺し愛の日々のような覇気も何も感じられない。
あの日、あの瞬間、王を崩御に追い込んだ時、アルフォードが長年ギリギリまで張っていた緊張の糸が、ぷつんと切れてしまった。
憎しみと恨みだけでギリギリ保っていた意識は、怨む相手がいなくなった瞬間に、保てなくなってしまったのだ。
アザリアに抱きしめられて泣きじゃくったアルフォードは、そのまま意識を失った。
アザリアによって王宮に運ばれ、目覚めた後、彼は変わってしまった。
お人形のようになってしまった。
「ねえ、戻ってきてよ。———王子さま」
ぽろぽろと涙をこぼす
———コンコンコン、
「………どう、ぞっ、」
入ってきたのは、アルフォードの1番の臣下だった。
彼の持つ忠誠心は、アザリアも驚かされたほどのものだ。
だからだろうか、
「アザリア妃、………少し休憩をお取りください」
そう言われたアザリアは、素直に休憩に入ることができた。
1ヶ月ぶりに、部屋の外へと出ることができた。
アザリアの足は、自然と王宮の庭園へと向かっていた。
満開の薔薇が花弁を散らしながら、美しく、華やかに咲き誇っている。
ぼーっとしているアザリアの手は、自然と4本の薔薇に向いた。
アザリアの猫っ毛そっくりの赤、
アザリアの生まれであるという赤の一族の家紋に刻まれていた紅、
アザリアが大好きな深い深い海のような美しいサファイアのような青、
全てを塗り尽くし、永遠と永劫を誓う黒、
どうしてその色なのかも分からない。
分からないままに、アザリアは暗器で薔薇を摘み取り、トゲの処理をして、手持ちのリボンで花束を作る。
歪で色気のない花束のはずなのに、何よりも美しく感じた。
その足で、アザリアはまたアルフォードの部屋へと帰ってきた。
アザリア自身にも、何がしたいのかさっぱり分からない。
「………妃殿下、」
「お花を持ってきただけよ」
アザリアはそう言うと、アルフォードが座っているベッドへと乗り上がり、彼の目の前に顔を向けた。
彼はぼーっとアザリアの方に視線を向けてくれる。
そんな彼に、アザリアは何気なく走馬灯で見た薔薇を握らせた。
いつもと変わらず、彼はぼーっと薔薇を見つめる。
(だめ、か………、)
「り、あ………?」
全てを諦めようと決意した瞬間だった。
「え………?」
望洋としていたアルフォードの海色の光に、陽光がさした。
大好きな、色が、現れた。
目に涙の幕が張ってしまってよく見えない。
でも、アザリアはちゃんと言葉を発せられた。
「おかえりなさい、わたくしの
彼はいつの日か見た向日葵みたいな満面の笑みを浮かべる。
「ただいま、俺の、
ぎゅっと優しく抱きしめられたアザリアは、彼を殺す大チャンスなのに、彼に刃物を向けられない。
「愛してるよ、リア。
たとえ記憶を失おうとも、君は君なのだから」
暗殺姫アザリアは、今日も溺愛王子アルフォードを殺せない。
何故なら、暗殺姫は溺愛王子を愛してしまったからだ———。
暗殺姫は、今日も溺愛王子を殺せない 水鳥楓椛 @mizutori-huka
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