第38話
「っ、アザリアッ!!」
鋭い声が耳に響いた。
ずっとずっと聴きたかった人の声。
死の瀬戸際に立たされて、やっと認めることのできた愛おしい人の声。
「ガハッ!!」
国王の口からこぼれた短い苦鳴と共に、首にかかっていた重圧からいきなり解放されて、アザリアは軽く咳き込む。
酸欠状態から解放され、視界が明瞭になったアザリアの目の前には、息を切らせて肩で呼吸する愛おしい人の姿。
「ある、さま………、」
自然と溢れでた呼び方にばっと振り返ってきた彼の顔面には、これでもかというほどの、あの、走馬灯で見た少年と酷似した、満面の笑み。
「ありがとう、リア。君のおかげで。全ての真相が分かったよ」
そう言ったアルフォードの右手には剣が、左手にはアザリアの手帳が握られていた。
振り子時計の扉の中に隠していた手記を、アザリアの会話の意図に気がついた彼は、ちゃんと見つけてくれたようだ。
「………赤の一族によって人生をメチャクチャにされたもの同士で群れるのはご自由ですが、それで周りを巻き込むのはいかがなものかと思いますよ、父上」
「はっ、自由に生きてきたお前に余や紅鬼の気持ちなど分かるまい」
「はっ、よく言う。
………あなたによって全てを奪われた俺が、あなたの気持ちが分からないと?
笑止千万!!
あなたのせいで、俺は嫌と言うほどに味わってきましたよ、………絶望も、苦痛も、不自由も悔いも後悔もッ!!
何度全てを恨んだことか!
何度全てを呪おうとっ。殺そうとっ、壊そうと思ったことか!!
俺にはあなたの感じたこと全てを理解することなんてできやしない。
俺は、あんたじゃないから。
でも、想像をつけることはできるよ。
あんたに、あんたが赤の一族にされてきたことを、俺はされたんだから!!」
アルフォードの叫びに、殺気に、アザリアは身を縮こませた。
(………わたくしは、彼の苦しみの一端にさえも、触れていなかったのね………………)
自分が彼の悲しみに関係があるとなんとなく気がついたアザリアは、彼らを見ていられなくて、目線を下に下げた。
「許さない。
あんただけはッ!絶対に許さない!!」
———きいぃっ!!
剣の刃が擦れる耳障りな音が響く。
優秀な暗殺者であり殺気にも慣れているアザリアでさえも怖気付いてしまう殺気は、あり得ないぐらいに濃密だ。
「はっ!
あんたが愚王だって言う情報はやっぱり誤りだったようだ」
「………それしきのことで引くのか」
「いいや、愛する人を、俺のリアを2回も殺そうとしたんだ。
その対価、命をもって払ってもらう」
1歩も引かぬ戦い。
圧倒的実力の鬩ぎ合い。
僅かな狂いさえも許されないような戦いに、アザリアは静かに魅入った。
けれど、次の瞬間にはうまいこと鍵開けをした手足の高速から抜け出し、ナイフを握っていた。
「っ、させないっ!!」
アザリアが武器を握る先は、ハンドラー、否、紅鬼。
崇高な戦いに立ち入ろうとする無礼者に、アザリアはナイフを握りしめる。
「へぇ~、あれの鍵を開けてみせるとは。ここ1年で随分と強くなったようだ」
そう言ったハンドラーから繰り出される攻撃は、信じられないほどに重い。
受け止めるだけでも両手両足が痺れる。
(まけ、られない………!!)
視界の端で汗を垂らしながら必死に戦いアルフォードを見て、アザリアは彼との“殺し愛”を思い出し、攻撃の精度を上げていく。
1つ1つ攻撃を繰り広げる度、技を繋げる度、耳元では、彼の優しいアドバイスが聞こえてくる。
(わたくしは、———負けない)
鳴り響く剣戟、散りばむ火花、永遠に続きそうであった戦いは、2つの激闘は、国王の苦鳴と共に終わりを告げた。
「王!!」
国王が切り伏せられた瞬間、紅鬼に隙が生まれる。
アザリアは、決してその隙を見落とさない。
勝負は一瞬、紅鬼も、切り捨てられる。
切り捨てられた瞬間、血色に輝く瞳が、アザリアを睨んだ。
その瞳に、アザリアは見覚えがあった気がした。
否、見覚えがあったのだ。
「コウ、おじさま………?」
自分の知らない名前が、自分の口から飛び出した。
瞬間、紅鬼の表情に僅かな緩みが生じた。
くちびるがゆっくりと動く。
歪んだ表情じゃない。
狂気に滲んだ表情じゃない。
そこにあるのは、ただただ純粋な、———無垢。
《にい、さんの、………うん、も、いき、………ろ………………》
必死だったアザリアは、彼を深く切りすぎた。
彼は、国王と違いあっという間に、事切れた。
アザリアがハンドラーの死を見守り終え、アルフォードの方を向くと、そこには憎しみを宿した瞳でお互いを睨みつける親子の姿があった。
「………コロセ」
「………………殺すわけがないだろう?
生きて、もがいて、苦しんで、そして、未来永劫の生涯で———贖え」
アルフォードは、それ以上何も言わなかった。
突入してきた臣下たちに、王の身柄を引き渡していた。
アルフォードの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
土と、汗と、血と、涙に汚れた弱々しい彼を、アザリアはただただ後ろから抱きしめ続けたのだった———。
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