第37話



◻︎◇◻︎



「———で?その話が、わたくしは今この場に囲われていることに、なんの関係があるというのです」



 アザリアの冷え冷えとした声に、国王は先程まで血は打って変わり、醜く穢らわしいものを見るかのような瞳で、アザリアのことを射抜いた。

 全身に走る殺気に、全身が強張る。



「お前が最後の赤の一族の直径なのだよ、アザリア。否、———アリシア」


「………ぇえ?


 ———かはっ!!」



 頬を痙攣させ、歪な笑みを浮かべた国王は、アザリアの首をガシッと掴む。

 その素早い動きに、アザリアは何も対応できなかった。



「うぐっ、」



 国王の嗄れた指が、アザリアの細く白い首に食い込む。



「10年前、小賢しくもお前の両親はお前だけを逃した。

 ボロボロの孤児に仕立て上げ、貧民街に捨て置くことでな」



 声の全てに滲み出している憎悪を受け止めながら、アザリアは全身でもがく。

 が、指先さえも動かない。



「お前の死体がなかった時、俺は絶望したよ。

 『あぁ、殺し損ねたんだって』

 幼少期のお前はアルフォードの幼馴染ということもあってよく顔を知っていたからなぁ。すぐにわかったよ」



(わたくしが、王子さまの、おさな、なじ、み………?)



 苦しい酸欠の中で、アザリアはもう、何が何だかわからず、困惑をするしかない。



「ひぐううぅぅぅ、」



 僅かに首をずらして抵抗しようとした瞬間、アザリアの喉から情けのない音が漏れる。

 苦痛によって顔が歪む、全身の筋肉がこわばり、体が熱くなる。



「はっ、苦しいか?いい眺めだ!!お前が!お前の一族が苦しめてきた人間の痛みを味わえ!!」



 国王の大きな叫びに、アザリアは抵抗することさえもできない。



 視界が、思考が、霞始める。

 抵抗する力さえも、一気になくなる。



(あ、死ぬわね。コレ)



 それなのに、アザリアの感情はとても淡々としていて、最も簡単に死を受け入れた。


 ゆっくりと瞼を落とす。



 眼裏に映っていたのは、心底憎たらしい海色の瞳を持つ彼の顔。



 くちびるが弧を描く。

 アザリアは、最後の力を振り絞って、ゆっくりと瞼を上げて視界に憎たらしい男を映しながら、くちびるに言葉を乗せた。



「あい、しているわ、………ある、ふぉー、ど」



 死ぬ間際ぐらい、自分に正直にあろうと思った。

 ずっとずっと秘めていた心の内を、少しぐらい明かしてもいいかなと思った。

 押さえつけていた大きな大きな思いは、心の奥底で順調に大きくなり、抱えきれなくなっていた『愛』は、あっという間に溢れ出す。


 情けなくも自嘲の微笑みを浮かべたアザリアは、霞んでいた視界の先を見たくなくて、ゆっくりと瞳を閉じる。愛おしいとお思う人と同じ色彩を持つ、醜い人間に殺されるなど、死んでも意識したくない。



(わたくしを殺していいのは、ただおひとり、あの人だけ———………、)



 立ち入りすぎた仕事。


 感情移入しすぎた仕事。


 失敗続きの仕事。



 そして、


 ———暗殺姫として、全くもってふさわしくない仕事ぶり。



 どれをとっても歴代史上最低最悪の仕事だった。


 それなのに、アザリアの心は、これまでにないほどに、否、遠い遠い、記憶のない遥昔と同じぐらいに高鳴り、喜んでいる。



 ———とくん、



 胸が高鳴る。


 遠い日の記憶が、何度も何度も夢で見ては否定してきた記憶が、走馬灯のように流れる。



(本当に、わたくしってば馬鹿ね)



 一筋の涙がこぼれ落ちる。



 死の瀬戸際、

 アザリアの眼裏には、赤、青、紅、黒、。4本の薔薇を満面の笑みで差し出しながら跪く、神さまに愛された少年の姿が映っていた———。



*************************



蛇足感はありますが、ここで1つ。

4本の薔薇

『死ぬまで気持ちは変わりません』

赤薔薇

『あなたを愛してます』

青い薔薇

『神の祝福』

紅の薔薇

『死ぬほど恋焦がれています』

黒の薔薇

『決して滅びることのない愛』

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