第35話
分かっていても、ハンドラーを殺そうと思っても、アザリアには彼の隙が一切見えない。
腐っても組織序列第1位、アザリアもここ1年で信じられないほどに強くなったが、それでも大きな差が開いてしまうほどの、圧倒的な強さだ。
———コンコン、
「どうぞ」
唐突に響いたノック音であるが、アザリアは刺して驚かなかった。
“彼の気配”には、だいぶ前から気がついていた。
そして、知らないふりをしていた。
だからこそ、驚く要素は一切ない。
———ぎいぃっ、
「ふむ、良い眺めだな」
血が飛び散り、埃が溜まる子供部屋には似合わない豪華絢爛な衣を纏った男が、朗らかな微笑みを浮かべて入室してくる。
(………国王)
まるで美しい庭園の中を優雅に散歩するかのように、国王は軽やかな歩みでハンドラーの隣に立つ。
彼の纏うアンバランスな雰囲気に、場違いな表情に、アザリアは全身が凍りつくのを感じた。
やっと、恐怖や嫌な予感の理由がわかった。
「ふむ、其方はやはり余がここにいても驚かぬか」
国王は、まるで時候の挨拶をするかのような口調で、アザリアに話しかけてくる。
「紅鬼、バラしたのか?」
「いいえ?必要もないからバラしていませんよ」
「そうか」
アザリアに視線を向けた瞬間、国王の顔が一瞬で為政者特有の圧倒的存在感とカリスマ性を帯びた鋭い表情へと変化した。
その変化に気がつけないほどアザリアは馬鹿ではない為に、全身が凍りつく。
(これが、『傀儡の王』の真の、姿………、)
アザリアは今この瞬間、『傀儡の王』という単語の真の意味を理解した。
王が傀儡となっており、大臣たち下の人間が国王を意のままに操っているだなんて失礼なこと、今でではもう考えることすらもできない。
だって、国王は、『この国全てを』傀儡にして、思いのままに、御心のままにしているのだから。
国を、国民を、この国にあるありとあらゆるものを、全て意のままに操っている彼に、『傀儡の王』意外にぴったりの渾名はあるだろうか。
いや、存在しない。
存在していいはずがない。
「余の可愛い義娘アザリア、其方は何故自分がここにいるのか気になるかい?」
「………………そうですわね、こう見えてもわたくし、とっても気にしておりますの。
紅茶に毒を盛ってまでわたくしをここに連れてきた理由、あなたさまより、是非ともお教え願えますか?」
枷のある手足を擦り合わせながら、アザリアは国王に妖艶な微笑みを浮かべる。
穏やかな微笑みを浮かべ続ける国王には、もちろん、全く、効いていない。
前回会った時までの好色っぷりはどこに行ってしまったのだと、声を荒げて問いただしてしまいたいぐらいだ。
「———では、我が義娘のために、ほんの少しばかり昔の話しをしようかのぉ」
ゆっくりと目を閉じた国王は、穏やかで、聞きいられざるを得ない声で、抑揚で、10年前の真実を、あの悲劇の発端を、どこか遠くの世界の物語を語るように、ゆっくりゆっくり、話し始めた———。
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