第34話


「………枷、外していただけませんか。

 あなた相手では手も足も出ないわたくしには、不要の代物でしょう?」



 妖艶に微笑むが、これ如きで靡く男ではないと、アザリアはちゃんと理解している。

 あくまでこの会話は時間稼ぎであり、情報収集の場。



「………………」



 アザリアの考えに気がついているのだろうか、紅鬼ことハンドラーは、何も喋らない。



「………外してはいただけないようですわね」



 わざとらしく大きな溜め息をついて肩を竦めたアザリアは、ぽってりと愛らしい桜色のくちびるに新たな疑問を乗せる。



「では、質問を変えさせていただきますわ。

 何故、あなたのような人間がハンドラーを?」


「ハンドラーを殺した。ただそれだけだ」


「そ、そう、ですか………、」



 場に流れる静寂が苦しい。


 部屋を見回したアザリアは、何か他に質問はないだろうかと話題を探す。


 ハンドラーを下手に刺激したくないが故に、あまり疑問点が浮かばない。

 浮かんだとしても、馬鹿馬鹿しすぎて、疑問をぶつける気にさえもなれない。



「………ここは、どこですか?」



 あれだけ馬鹿馬鹿しいと思っていた質問が、口からぽろりとこぼれ落ちた。

 どうせ答えてくれることはないだろうと、アザリアは自らに向かって嘲笑を浮かべる。



 しかし、アザリアの予想と反して、彼は残虐に、残忍に、壊れたように、にたぁっと歪な笑みを浮かべる。


 背中に走る悪寒に、アザリアはぐっと顔を顰めた。



「………もう1度問いますわ。

 ここは、———どこですか?」



 彼はまるで首が折れてしまった人形のように、かくんと首を横に傾けると、涎がこぼれ落ちた歪な形をしたくちびるに、声を乗せた。



「———赤の一族、最期の邸宅」



 ———赤の一族、最期の邸宅


 赤の一族がたった一夜にして滅んだ、王国1番の燃え尽きた大邸宅を指す言葉であり、今は無き、呪われた屋敷を表す。



「………何を、バカなことを」



 アザリアの言葉に、ハンドラーは腹を抱えて笑い転げる。



「お前は本当に可愛いなあ!!

 あの!赤の一族が暮らした!大邸宅が!たった一夜にして!全焼!?

 ぎゃははははははっ!!

 そんなこと起きるわけないだろ!

 ばぁっああああかっ!!」


「………………」



 指がバキバキと音を鳴らすのを無視して、アザリアは微笑み続ける。



「赤の一族、最期の邸宅は半分が燃え残っている。

 まあ?その半分も毒ガスがばら撒かれたせいで、ひっどい有様なんだけどなっ!!

 ひゃはははははっ!!」



 なにが楽しいのか、人がたくさん死んだ場所で笑い転げているハンドラーに、アザリアは眉を顰める。


 暗殺者である自分が言えた義理ではないが、彼は非常識すぎないだろうか。


 多くの罪のない人間が、たったの一夜にして無惨に、残酷に惨殺された場所で、何故こんなにも嬉しそうな笑い声が上げられるのだろうか。



(わたくしには全くもって理解できない精神だわ)



 両手両足の数では足りないほど、人を殺してきた。


 泣き叫ぶ人間も、命乞いをする人間も、何もかも、一切の躊躇いなく、殺してきた。


 けれど、アザリアにも人の心というものはある程度存在している。



 生き物が死ぬのは悲しいこと、


 ものを壊すのは悪いこと、



 このくらいは分かるし、自分がやっていることが悪いことであるという自覚もある。


 けれど、おそらく、ハンドラーにはそれが存在していない。

 もしくは、壊れてしまっている。



(止めないと………。彼を、今、この場で止めないと、絶対に、もっと大きな被害が出る———、)

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