第33話





◻︎◇◻︎



「ぅん、………………!?」



 激しい頭痛と眩暈の中、ゆっくりと瞼を開く。

 ぼやける視界、橙の灯火が揺れるのを遠目に、アザリアは目を覚ます。



(ここ、は———………?)



 頭の中に深い深い霧が立ち込め、思考をぐちゃぐちゃに掻き乱される。



 ———カチャンっ、



 腕を動かした瞬間、耳元で響いた軽やかな音に、アザリアは物を映さぬ瞳でぱちぱちと瞬きを重ねる。



(国王陛下にお眼通りをして、一緒にお席について、それで………………、)



 自らの行動を回らぬ頭でゆっくりと思い出していると、だんだんと頭の靄が晴れてきた。



「………ど、く………………?」



 思考の最後に現れる甘い甘いアールグレイに、ひゅっと息を飲み込む。



 視界もはっきりとしてきた為に、アザリアはここが貴族の屋敷の部屋であることに気がついた。


 蜘蛛の巣が張られたサイドテーブルに、子供向きであろう少し幼めのデザインのドレッサー、薄く埃を被ったローテーブルとソファー。

 そして、アザリアが鎖に繋がれている子供向けのレースやフリルがたっぷりのベッド。

 そこらかしこに可愛らしいぬいぐるみが飾られている点から見ても、荒らされ、血が飛び散っているとはいえ、ここが子供部屋であることは間違えようがない。



 ———ズキッ、



 鈍い痛みが頭に響く。


 まだ、何か大事なことを忘れている気がする。



 ———ガチャっ、



 ベッドの上に座り込んだ瞬間、扉が開け放たれる。



「っ!!」



 不調によって感覚が鈍っているとはいえ、扉が開け放たれるまで相手が近づいてきていることにすら気がつけなかった己に、アザリアは苛立つ。



「お早いお目覚めだな、暗殺姫」



 聞き慣れた軽やかな声に、アザリアは目を見開く。


 飄々とした立ち振る舞い、豪胆で上から目線の言葉遣い、そして何よりも鮮烈な———深紅の瞳。



「………その服、」


「あぁ、この服か?見れば分かるだろう」


「っ、」



 軍服のような仕立ての漆黒の衣は、アザリアが何度も何度も辛酸を舐めさせられた相手が身に纏っていたもの。そして、彼は記憶違いでなければ、彼は“あの時”、執事服を身につけ、国王の隣に立っていた。

 アザリアは、何故自分がこんなにも簡単に誘拐されたのか、なんとなく理解することができた。



「べに、おに………、」



 ———組織序列第1位紅鬼、



 深紅の瞳に漆黒の瞳、鬼の如き圧倒的強さを持つこと、そして、彼が通った後には全ての命が飛び散り、紅の血溜まりがそこらじゅうに出来ていることから、いつしか人々が呼ぶようになった彼の渾名であり、コードネーム。

 その強さは国1番なんていう生易しいものではなく、周辺諸国の裏社会の人間が束になっても勝てないほどである。


 組織序列第2位であるアザリアも例外ではなく、1度も勝てた試しがない。

 それどころか、何度も何度も弄ばれた。


 彼は残忍であり、無慈悲だ。

 女子供など関係なく、近くにいる人間全てを殺す。

 その冷徹さが、彼の強みだ。



 だからこそ、アザリアは疑問に思う。


 何故、彼は無能なハンドラーを演じ続けていたのだろうか。

 誰にも気づかれないほどの圧倒的な演技力用いる必要など、裏社会で最も必要とされる素質である圧倒的な強さを持つ彼には、全くもって必要ないだろうに………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る