第21話
◻︎◇◻︎
「ん、」
自らの身じろぎをする声によって目覚めたアザリアは、自らのことをぎゅうぅっと抱きしめる王子に溜め息をこぼした。
ここに来てから幸せを逃してばかりいる気がする。
無防備に眠っている王子は控えめに言って美しい。
流石は美女と名高かったメイドと美青年と名高かった王弟の間に生まれた子供だ。天使のように愛らしい。
これは神にいくつもの贈り物をされるわけである。
「ふぁう、」
「つっ、」
寝ぼけた王子がアザリアの肩を少し強く噛んだ。
口が空いたなと思った次の瞬間には噛まれていたため、避けようがなかった。
というか、がっつり噛みすぎだ。
「りにゃ………、むにゃむにゃ、」
ぎゅうぅっと抱きつく腕が強まって背中からぼきぼきと嫌な音が鳴る。
(いや、これ本当に締め殺されるわ)
思いっきり胸を叩いて王子を起こそうとしたアザリアは、けれどその少し上にある痛々しい包帯を見てぴたっと手の動きを止めた。
先日アザリアが深く刺したナイフの跡は、彼の首にしっかりと刻み込まれている。
これはしばらく治らないだろうし、下手したら傷跡も残ってしまう。
(いいえ、残っても構わないのよ。
だってわたくしはこいつを殺すのだから。
………そもそも、わたくしは何故今こいつを起こそうとしているの。
今殺してしまえば、今悩んでいること全てが解決するのに、何故わたくしは、今の状況に縋りついているの?何故、わたくしは………、)
———分からない、分からない分からない、分からない分からない分からない、分からない分からない分からない分からない分からない!!
彼の寝巻きをぎゅっと握りしめたアザリアは、目を見開いた状況で固まり、背筋をぐっしょりと濡らすほどの冷や汗をかいた。
「ん、」
慌てるアザリアの目の前で、王子の瞼がぴくりと動く。
(ころ、さなくちゃ)
ぎゅっと震える身体を抱きしめ、アザリアは彼の首に向けて手を伸ばす。
多分、自分は今迷子の子供のような表情をしてしまっている気がする。
彼の首にアザリアの両手が回った瞬間、アザリアの両手は頭上に押さえつけられ、鳩尾にぐぅっと彼の膝が食い込む。
かはっと息が溢れた瞬間にはもうアザリアは動く術を失っていた。
時間にして2秒。
一瞬でアザリアの命は彼の手のうちに落ちた。
首筋に、頬に、目の端に、額にキスが落とされる。
「かあわい~、」
———ちゅっ、
くちびるに何度も何度も柔らかなキスが落とされる。
(あまい、)
息継ぎの間もなく、また次のキスが落とされた。
カサカサとした自分のものとは異なるくちびるが触れるたび、どうしようもなく泣きそうになってしまう。
手枷をやめた手があやすようにアザリアの頭や身体を撫でる。
視界が潤む先で、彼も何故か泣きそうな顔をしている。
「リア………、」
一瞬離れたくちびるが、もう1度寄せられる。
「ん、」
溢れた声に、涙に、彼はくちびるを離し、アザリアの身体をぎゅうっと抱きしめる。
「大丈夫」
何が大丈夫なのか分からない。
「ひっ!」
先ほどとは比べ物にならないぐらいに強く肩を噛まれる。
相当な痛みが走ったはずなのに、何故かとても甘い。
痛甘い感覚は、どこまでもアザリアを幸せに叩き落とす。
(なんで!どうして!)
今まで何度も何度もこういうことを経験してきた。
そのはずなのに、今日はとても心が苦しい。
痛くてふわふわして、苦しくて、それなのにどこまでも幸せになれる。
「………もぅ、やめ、て」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます