第20話
『それにしても、第2王子殿下は何故側近を持っていないのですか?
側近が自分にいないからという理由で第1王子殿下にお仕事を押し付けているのですから、側近を持てば第1王子殿下に、』
『それはなりませんわ。身の程を弁えさせませんと。
アレには側近など要らぬのです。アレは第1王子のための使い潰しの駒。精々苦労に喘がなくてはならぬのです。
それによって我が愛しの息子に被害が及ぼうとも関係ありません。
あの子は王となる人間。妾の厳しき愛の鞭に耐えられぬようでは、王など務まらないわ』
うっそりと微笑んだ王妃は短い髪をいじりながら、アザリアのことをまっすぐと見つめていた。
その瞳の奥には燃え盛るような憎悪が滲み出ていて、背筋に冷や汗が流れたのをはっきりと覚えている。
(何をやらかしたらあそこまで憎まれるのかしら)
———ぎぃっ、
自らに与えられている上品な部屋に入り、扉に背中を預けたアザリアは顎に拳を当てて首を傾げる。
『流石ですわ、王妃さま。
ですが、第2王子殿下には昔側近がいたと伺ったのですが………、彼らはどうなったのですか?』
『側近?第1王子のお下がりである無能な臣下がいるとは聞いたことがあるけれど、側近はずっといないはずよ』
『あら?では、このお話は嘘でしたのね』
王妃の話からすると、彼のが先日言っていた言葉は嘘となる。
『………………昔の側近の幼馴染が赤の一族の娘、だっ、たんだ』
彼の瞳には嘘の色彩がなかったように見えた。
隠し事はしていたけれど、完璧な嘘ではなかった。
(ならば、選択肢は2つ。1つ目は臣下の中に赤の一族の幼馴染を持つ者がいるという選択肢。そしてもう1つは———………、)
その選択肢に首を振ったアザリアは、右手の人差し指の爪を噛む。
(もしも仮にそうであるのならば、ハンドラーはわたくしが彼に近づくことを良しとしなかったはずだわ。
ハンドラーは異常なまでに赤の一族にこだわり、嫌悪し、憎悪している。
赤という単語が出るだけで過剰に反応し、赤の一族の任務を受けようとした人間を容赦なく折檻するハンドラーがこのわたくしに、組織の中でもナンバー2、女性だけの中ならばナンバー1の実力の持ち主であり、ハンドラーのお気に入りであるこのわたくしが、この任務を受けることを許されるはずがない)
窓の外に見える黄昏を睨みつけながら、アザリアは瞑目する。
「分からないわね。圧倒的に情報が足りない………、」
大きく溜め息を吐いたアザリアは、王妃の部屋に漂っていた甘ったるい匂いを落とすためにシャワーを浴びる。
さっぱりとした後は冷たく冷やした紅茶を飲み一息。
サクサクふわふわに焼き上げられたスコーンをお供にするというのは至福の時間だ。
べっとりと生クリームを乗せたスコーンを口の中に運び、冷たい紅茶と一緒に楽しむアザリアは気だるげな溜め息をこぼす。
「明日は第1王子、明後日は国王、か………、」
瞼を開けていることすらも億劫に感じてしまうぐらいに今日は疲れた。
暗殺者はいついかなる時いかなる瞬間も気を抜いてはならない。
そのはずなのに、アザリアは最近ここを自らの巣だと錯覚し、ぐっすり安眠してしまうようになってきてしまっている。
(ほんとうに、………よくない、わ………………、)
マシュマロみたいにふかふかのベッドにばさっと倒れ落ちたアザリアは、食べかけのスコーンを持ったままとろとろとした微睡の中に落ちていってしまった。
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