第19話






「あ、あの。………第2王子殿下はどうしてこうも第1王子殿下に意地悪ばかりをなさるのですか?

 わたくし、いつも我慢できないくらいにとても胸が痛うございますの。

 だって、あれは本来第2王子殿下のお仕事。第1王子殿下に丸投げなさるなど、言語道断ですわ!!

 それなのに………!わたくしはお止めすることができず………、」


 およよっと泣き出さんばかりに顔を両手で隠したアザリアの背中を、王妃が優しく撫でる。

 その手つきに、触れる手に、ぞぞぞっという悪寒が走るが、アザリアはそれを感じさせぬような淡く儚い歪な笑みを浮かべ、王妃が自らの頬に添えてきた手に頬を擦り寄せる。



「王妃さま………、」



 寛大な表情で優しく見守る王妃の瞳には、まだ嗜虐心のようなものが残っている。



「あぁ。可哀想に………、」


(………全くもって可哀想って思っている人の表情じゃないわ)



 それどころか楽しんでいるような表情にしか見えない王妃を、アザリアは脳内で既に数回毒針で刺し殺しているが、このままこのジョークのようなやりとりが続くのであれば、現実で起こしてしまうかもしれない。


 指の骨がぴきっぴきっと可愛い音を鳴らすが、それはアザリアの準備運動だ。



「うふふっ、妾の手で、あなたを立派な淑女にして差し上げましょう。第2王子をも手玉に取れるような、そんな淑女に」



 にいっと意地悪く歪んだ口元を扇子で隠す王妃に、アザリアは感動したかのような表情で両手を組む。



「あぁ………!なんとお礼を言えばいいのかっ。

 王妃さま、わたくしの道標、わたくしの目指すべき至高のお方。

 あなたのためらば、例え火の中、水の中、どこへでも行ける気が致しますわ!!」


 アザリアは心酔したように王妃に擦り寄り、2時間という長い時間を王妃の部屋にで過ごした。


 何度も何度も第2王子の悪口になる手前の言葉を言い、王妃に最後の言葉を言わせるということを繰り返す。

 これにより、アザリアが不敬罪に巻き込まれる確率は一気に減る。

 何故なら、アザリアは王妃の言葉に相槌を打っていただけだからだ。


 王妃の部屋からの帰り道、アザリアは行きよりもアクセサリーが少なくなった腕を見て小さくほくそ笑む。



(ふふふっ。には念を、ね?)



 王妃ともあろう人間が人のものを盗む。スキャンダルには十分なり得る内容だろう。



 ———かつん、かつん、



 ハイヒールが大理石の床を叩いて鳴らすリズミカルな音を聞きながら、アザリアはエメラルドのネックレスを弄る。


 頭の中をぐわんぐわんと響いているのは先ほどの王妃との会話。

 頭痛がしてくるような低俗な会話を楽しめる脳内は、やはりお花畑なのだろうか。



『やっぱり、どんなに高貴な血を継ごうとも、低俗な女狐の産んだ息子はダメなのよ!!

 あんなグズは、王室に、いいえ、この美しき完璧な世界に相応しくないわ!!』


『えぇえぇ、流石は王妃さま的確なご意見ですわ』


『うふふっ、当たり前よ。

 なんといっても妾は天上天下唯我独尊の絶対的支配者たる王妃。

 相応しくなるために、幼き日から日夜しっかりと教育を受けてまいりましたもの』



 えっへんと胸を張っていた王妃に向けてアザリアが抱いていた感想は残念ながら、王妃がアザリアが抱いていると思い込んでいるであろう感情とは真逆のものだろう。

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