第15話



 ———赤の一族。



 それはたった10年前に滅んだこの国で最も古く、王家と並んでも遜色のない一族のことを指す。

 現王家の建国を補佐し、初代国王を王位に付けたその手腕から筆頭公爵家という高い地位を与えられ、10年前までその地位を一切の翳りなく支え続けた一族。


 その手腕は隣国、否、世界各国の王族から望まれ、けれど、その力は故国のためだけに使い続けた誇り高い一族であり、王家を凌ぐほどの人気と信頼を得ていた一族。

 王女が降嫁した回数は数知れず、王妃、または王配を排出した回数も数えきれないほどだそうだ。


 そんな優秀な者のみが生まれてくる一族と言っても過言ではない赤の一族は、血色の髪や瞳を持って生まれてくるという不思議な遺伝性から赤の一族と呼ばれ、尊敬、または畏怖されてきた。


 だがしかし、10年前、あり得ない悲劇が起きた。

 それはたった一夜にして全ての赤の一族の者が滅んだという恐ろしい出来事。

 全員がたった一夜にしてみるも絶えない血みどろに惨殺され、さまざまな場所に投げ捨てられていた。



(『嘘を重ねた血は、嘘によって滅びを告げる。』)



 10年前の風景画には必ずと言っていいほどに、この鮮烈な言葉が血塗られている。


 赤の一族が滅んだ時に、赤の一族の人間の死体のそばに必ず血文字で書かれていた文字らしい。

 アザリアは6歳以前の記憶がないから、この惨事を知らない。

 ぼこぼこに殴られて裏路地で殺されかけていたところを恩師に拾ってもらったアザリアは、貧民だったみたいだから、多分記憶があったとしてもこの惨事のことを深くは知らない。


(それにしても、赤の一族、か………、)



 今現在、この国では赤の一族に触れるということそのものが暗黙の禁則と化してしまっている。



「ねぇ、一応聞いておきますけれど、本気ですの?」


「———あぁ」



 真面目な表情。真摯な声。毅然とした態度。



(引く気はない、か………、)



 くるくると薔薇色の髪を弄ったアザリアは、ふうぅーっと溜め息をこぼし、ぎゅっと瞳を閉じた。


 赤の一族に触れることは、裏社会においても相当な危険を意味する。

 僅かな情報についてでも、1歩足を踏み入れた者は誰1人として帰ってきていない。


 裏社会の人間の命は秋の暮れの枯れ葉のように、淡く儚くあっという間に消えていく。

 それを加味したとしても、あの消え方は異様だった。



 だからこそ、アザリアは悩む。



 この賢い王子が言うのであれば、赤の一族の滅亡の秘密には大きな政治的な意味合いが潜んでいるのだろう。

 それも、国家転覆が起こる可能性のあるとっておきの劇薬が。



(赤の一族。無能王家全てを支えた完全無欠とまで言われた一族。………その裏に潜む闇)



 瞳の奥に映るのはもう会うことのできない同業者たち。


 アザリアには他人への興味なんているものがわずかも存在していない。それどころか、自分自身が良ければ全ていいという自己中心的な考え方を持っている。


 自分自身が可愛いなんていうのは当たり前のこと。自分が死なないように、自分に火の粉がかからないように生きるのは、とっても賢いこと。そのはずなのに、アザリアは今、ものすごく危険な業火に足を踏み入れようとしている。



(わたくしは………、)

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