第14話


◻︎◇◻︎


「父王から情報を引き出してこい。報酬はこのぐらい出す」



 国王との謁見から数日。

 アザリアはこの日もつい先程まで、いつもと同じように王子の執務のお手伝いをしていた。


 そんな折にぶち込まれた意味不明とも理にかなっているとも言える依頼に、アザリアはにこっと微笑んだ。

 そして、彼の3本立っている指を優しく握り、5本に立て直す。



「ふふふっ、わたくし3本で動くほど安い女じゃありませんの。あぁでも、前金0で成功報酬のみで結構ですわ」


「………高すぎだ」


「いいえ。そんなことなくってよ?

 わたくし、いつもはその3倍払ってもらわないと動かないもの」


「はあ!?第1王子はそんな馬鹿げた金額をお前に払っているのか!?」



 激昂したように大きくて高価な机を思いっきり殴りつけた王子に、アザリアは机を叩いた手を呆れたように見つめながら、肩をすくめる。



「さぁ?」


(あぁ………、あの机、とってもお高いのに………………、)



 ものすごく関係のないことを考えながらも、アザリアは表情1つ変えることなく飄々とした態度を貫く。



「もし知っていたとしても、わたくしがお口を割ることはないっていうことだけ教えておいてあげるわ」



 暗殺者にとって信用は最も高価でかけがえのないもの。

 依頼主の情報を漏らすなど下の下がすることだ。たとえそれが新たな雇い主であったとしても、アザリアがそれを教えることはない。

 だって、彼への暗殺の依頼は現在進行形で行われているものなのだから。



(さぁ、殺しのお時間よ)



 王子相手にありとあらゆる方向から毒を盛りながら、今日も効いてくれないそれに、アザリアは大きなため息をこぼした。



「で?国王さまから何を聞き出したらよいのですか?」



 気を取り直したアザリアは、執務に疲れたのか部屋の中央に鎮座した長机のために用意された黒皮のソファーにどかっと座った王子に尋ねる。

 もちろんアザリアのいる場所は王子のお膝の上で、頭を忙しなく撫でられ、髪を………嗅がれている。



(うん。退けましょう)


 

 べしっと顔を押しやったアザリアは、首を傾げる。

 至極真面目な顔をした彼は、何度も何度も言い淀み、苦しそうな表情をして、そして鼻や頭、口元に触れ続ける。

 何とも焦ったい時間の浪費の仕方で、アザリアは次第にイライラとしてきてしまう。



「もう1度聞きますわ。わたくしは国王さまから何を聞き出せば良いの?

 というか、欲しい情報は何?心配しなくても、諸々色々なところからあなたが欲しい情報近辺のことを全てまとめてきてあげるわ。

 まあでも、わたくしの情報やあなたの暗殺に関わる情報、あとはわたくしが所属する組織についての情報は除外ですわね」



 一息で言い切ったアザリアに、王子はぱちぱちと瞬きをした後、ふうぅーっと深く息を吐いた。

 緊張に塗れ、ピンと張った空気が、わずかな揺れを観測した瞬間、王子はアザリアに頼み事をする。



「とある公爵家について調べて欲しい。この国の建国に関わり、圧倒的でいて絶対的な忠誠心を消し炭になる間際まで王家に捧げ続けた、この国きっての大貴族“赤の一族”についてだ」


「赤の、一族………………」



 柔らかくふにゃふにゃになるまでたっぷりと情報を消化したアザリアは、これから起こるであろう波乱に息を詰めた。

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