第12話
◻︎◇◻︎
「面を上げよ」
白く丁寧に磨き上げられた床に、毛の長い綺麗に染め上げられた赤い絨毯。
数段階段を登った先には、一線を課すかのようにアザリアが今現在跪いている場所よりも豪華絢爛な世界が広がっている。
黄金のランプにはいくつもの大粒の宝石が飾られ、赤い革張りの大きくてふかふかそうな椅子には、時代が感じられるもののこの世の何よりも美しい“何か”を持っている。
その中央に座っている人間が愚王と名高い傀儡ではなければ、アザリアはもっとこの現状を楽しめたかもしれない。
ここにきて、王子暗殺に失敗し続けて早1年。アザリアは国王より呼び出しを喰らっていた。
「あぁ!噂に違わず美しい!!余の妃にならぬか?アザリア。最高の生活を用意すると誓おう」
でっぷりと太り、吹き出物だらけの顔をむちゅーっと近づけてこようと椅子から立ち上がった国王に、アザリアは困ったように微笑んだ。
(冗談じゃないわ)
最高の生活なんてこの国の王家レベルでは与えられない。
「わたくし、もう先約がございますの。義娘になることで許してくださいな。
そして、わたくしのことをめいいっぱいに甘やかしてくださいませ、“お義父さま”!!」
にっこりと無邪気に笑い、ふわっと立ち上がったアザリアは、ちゃめっ気たっぷりに深い青色のAラインドレスの裾で遊ぶ。
軽いシフォンを幾重にも重ねて作ったドレスは、その重さとは対照的にとても軽く、ちょっと遊べば裾がくらげのようにふうわりふわりと自由に舞い踊る。
そんなアザリアの姿に、国王は鼻の下を伸ばしていた———。
時を遡るとしたら、多分1週間前の出来事がアザリアがこの場に来る原因だろう。
もう少しでこの暗殺に失敗し続けて1年を迎えるアザリアは、最近少しばかり焦っていた。
彼に多くの時間を割くことによって、お小遣い稼ぎの額が微々たる額しか手に入らなくなってしまっているからだ。
任務を降りることも何度も何度も考えた。
けれど、アザリアは自らの経歴に泥を塗るという判断を下せず、この任務から降りるということをできなかった。
ちっぽけなプライドが自らの首を真綿でゆっくりと締め付けていることには気が付いていた。
けれど、引き下がれないものは引き下がれないし、引き下がりたくないものは引き下がるたくない。
だからだろうか、アザリアは誤って国王の前に一瞬姿を現してしまった。
そして、女好きと名高い国王に気に入られてしまったらしい。
謁見の場で大量の機密情報をそれなりに手に入れ、無事王子の元に帰還したアザリアは、面倒臭そうに欠伸をしながらナイフを握り、王子に切り掛かった。
至高の暗殺姫とまで呼ばれるアザリアですら殺せない暗殺対象第2王子アルフォード・クライシスは今日も華麗にアザリアの攻撃を避け続ける。
「リアはやっぱり筋がいいね。去年来てから5倍くらい強くなってる」
「ならっ!大人しくっ!殺されなっ!さいよっ!!」
毒をたっぷりと塗り込んだナイフは美しい軌跡をたどりながら、彼の命を狙わんと急所のあたりを無邪気に通り過ぎる。
「というか、あなたさまのせいで。わたくし色々なことに巻き込まれているのだけれどっ!?
暗殺者として顔は割れたくないのだけれどっ!!」
ナイフを振るうたびに上がる呼吸に任せて、アザリアは武器を握り続けた。
「はぁー、はぁー、」
「今日も殺せなかったね、残念。リア」
涼しい顔でころころと笑う彼を、アザリアは鋭く睨みつける。
背中に張り付く汗が、髪が、衣服が、煩わしくて仕方がない。
ぐでっと彼に抱きつき、アザリアは眠たげに欠伸をこぼす。
いつのまにか、彼の腕の中が安息の地になっていた。そんなことは絶対ないはずなのに、彼は暗殺対象で自分は暗殺者。
決して相容れぬ敵対者同士であるのにも関わらず、アザリアはこの溺愛王子に心を許しかけてしまっている。
エメラルドの瞳を瞼の裏に隠すと、アザリアの瞼には先程の謁見の間での出来事が頭の中を駆け抜ける。
『本当に美しい娘だ。
そなたのような可愛らしい女子が娘になるというのは、嬉しい限りだ。
その紺碧のドレスはアルフォードが用意したのか?』
『えぇ。わたくしによく似合っていらっしゃるでしょう?』
アザリアはこの時、無邪気に回転して見せた。
しかし、心の奥底を巣食っていたのはわずかな違和感。
『あぁ、そのネックレスやピアス、ブレスレットとも良く合っておる。それもプレゼントしてもらったのか?』
『いいえ。自前ですわ』
『そうかそうか。
アルフォードの美的センスはそれほどまでのことはできまい』
『あらまあ、お厳しい』
『当たり前じゃっ!我は何と言ってもこの国偉大なる王さまのなのだから!!』
えっへんと胸を張った国王さまを思い出し、アザリアはすうっと遠い瞳をした。
(何度考えても、何度思い出しても、国王さまがお馬鹿さんという情報以外に靄がかかってしまうわ。
あの馬鹿さ加減、頭に響くわね………、)
アザリアはとても失礼なことを考えながら、深い眠りの世界へと旅立っていった。
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