第10話
ふわりふわりと花弁が風に乗って舞うように、アザリアはナイフを振り回し、王子を殺そうと奮闘する。
殺せないのは重々承知。
ほんの僅かでも攻撃を通したいという願いから、アザリアは武器を握り続ける。
「………………」
「あら、それでも黙り?」
王子の行動にいささか呆れを含むアザリアは、艶やかな仕草でナイフを振い、回し蹴りをお見舞いして、けれど全て避けられてしまうという現状に辟易とする。
「………俺、王弟の子供なんだよね」
———シャン、
「国王からすると甥にあたる」
———シャン、
「あのおっさんさ、自分の女癖が悪いせいで、自分の子供じゃない子供を自分の子供として扱わないといけなくなったんだ。
しかも、大嫌いな異母弟の子供を」
彼の顔が苦しそうに歪む。
アザリアは初めて、彼が演技じゃない表情を見せた気がした。
「国王は俺を恨んでいるんだ。
だから、俺が大切にするもの全てを壊していく」
———がぎいぃぃっ!!
一際強く振り下ろされた剣に、アザリアの表情が歪む。
痺れて使えなくなった腕を庇うように下がりながら、どんどん過激になっていく彼の攻撃に、猛攻に、激昂に、アザリアはそれが彼の持つ感情の未だ一端でしかないことを悟る。
(王子さまを突き動かすのは複雑怪奇に絡まり合った復讐の炎………、それがなくなった時、彼は間違いなく壊れる。やっぱり王子さまを王にすることなんてできないわ)
素早い突きを繰り出したアザリアは、その反動のままにバク転をし、彼から距離を取った。
彼の猛攻の衝撃をもろに喰らった左腕をだらんと垂らしたアザリアは、穏やかに、安心させるように微笑む。
「国王さまはあなたから何を奪ったのですか?」
王子は何もかもを諦めたように、今にも泣き出しそうな表情で笑った。
「僕の大事な、女の子」
切実な声音に、今にも決壊してしまいそうなボロボロの感情に、アザリアは息を詰めた。
(これ以上はまだダメ)
直感は常に死と隣り合わせにある暗殺者にとってとても大切なもの。
だから、暗殺者は何よりも己の直感を信じる。アザリアの直感の彼の表情は言っていた。
『これ以上は踏み込んでくれるな』と。
「そう。
………わたくし、たまに思うのよ。奪われたのならば、奪い返してやればいいのではないかって。
国王さまが奪われて1番辛いものを、今度はあなたが奪ってあげればよいのではなくて?」
にっこりと笑ったアザリアは、彼の頬に自らの手をそわせ、囁くように呟く。
「———、そんなの初めて言われた」
「そう。なら、わたくしからのアドバイス。
やられっぱなしでいることだけはやめておくべきよ。それは舐められる原因に繋がるから」
そう。やられっぱなしは舐められる原因につながる。
周囲の人々との調和や助け合いが大事だと言われる時代、自分本位な行動は嫌われる。
けれど、その時代に従って動きすぎることもまた、自らを危険に晒すことになる。
「わたくしはあなたさまをこの手で殺す。それまでちゃんと生き残ってちょうだいな」
ふわっと髪を靡かせたアザリアは、エメラルドのペンダントを弄ったあとくるりと出口に向いて回る。
「あなたさまは血の匂いが気になるようですから、落としてきますわね」
———かつかつかつ、
高いヒールの踵で大理石の床を叩きながら去って行くアザリアの背中を、アルフォードがせつなげに見つめていたことは、誰も知らない。
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