第9話
◻︎◇◻︎
僅かに心の奥底に引っかかる違和感を抱き抱え、アザリアは今日の任務をいくつかこなし、王子のもとに向かった。
今日は半日の自由行動を貰えていたために、賞金首5つを手に入れられて、お小遣いがたんまり入った。
「ご機嫌だね、リア」
「あら、そう見えていますの?」
「あぁ、僅かにだが空気が柔らかいし、
………———血の匂いがする」
シュッと首の横に突きつけられた剣をナイフで受け止めたアザリアは、震える腕を無視して艶やかに微笑む。
「今日の追加任務分ですわ。あなたさまを殺せていないから、今月も金欠ですの」
「………相当な額の小遣いをやっているはずだが?」
「足りませんわ」
にっこり笑うアザリアにドン引いている王子に、アザリアは真っ赤なルージュを塗ったくちびるを小指でするりと撫でる。
「わたくし、お金がかかる人間ですの。貴族の1年の嗜好品にかかる分のお金で大体1ヶ月に使う額ですわね」
「は?」
「うふふっ、わたくしはお化粧品やドレス、靴や装飾品などの己の美を磨くものと武器には、一切の妥協を許しませんの」
現にアザリアが今使っている化粧品は、隣国の王妃が使っている白粉に、先代王妃が愛したと言われるハイライト、遠い異国のみで伝統工芸品として作られる紅に、異国で流行っている色とりどりの宝石を砕いて作るアイシャドウだ。バッグもドレスも靴も、アザリアは全て一流のものしか使わない。
「———一流の暗殺者は、一流のものだけに囲まれて過ごすのです。
そうすることが、目の肥やしに繋がり、あらゆる真偽を見分ける心眼を得ることにつながる」
アザリアは幼き日の自分を思い出しながら、遠い瞳で微笑んだ。
「わたくしの恩師の言葉ですわ。
彼の人は、わたくしに一流のもののみを持たせましたわ。
化粧品も、ドレスも、小物も、食事も、教育水準も、下着に至るまで全てを至高で育てられました。
そしてそんな環境で育ったわたくしは、それ以外のものを受け付けませんわ」
執務室のかごいっぱいに埋まっているフルーツのうちの1つを手に取って食べたアザリアは、その甘酸っぱい瑞々しさに頬を緩めた。
「わたくしの生き方はわたくしの自由よ。
苦言を呈するのが王子であろうとも、わたくしの暗殺対象であろうとも、それは変わらない。
わたくしの生き様に文句を言いたいのであれば、自由に言えばいいわ。
わたくしはわたくしの生きたいように生きる。
誰にも縛られはしない」
彼の首筋にナイフを突きつけ返しながら、アザリアは妖艶に微笑む。
「さて、今日の運動を始めますわよっと、………。
これで避けるとか正気の沙汰じゃなくってよ?」
首筋に当てていたナイフを思い切りよく振ったのだが、彼はそれを難なく避けてしまう。人間離れした美しさに加えて身体能力を持っているのだから、神は不平等だ。
「ねぇ、あなたさまはこれからどうするおつもりですの?」
「………………———、」
「言っておきますけれど、わたくしに隠し事をしようだなんてことは思わない方が身のためでしてよ?
ハンドラーみたいに脅しつけられて2度とわたくしに逆らえないように教育されたくなければ」
彼は昔も2度アザリアのことを裏切り、アザリア共々暗殺対象を殺そうとしている。
(『女神の顔も3度まででしてよ』って言ってくるのを忘れてしまったわね)
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