第6話



◻︎◇◻︎


 今日もこの国のほとんんど全ての政務を担っている第2王子の執務手伝いを終えたアザリアは、濡れタオルで身体を拭い武器を磨いていた。

 毎日のように王子を殺すために磨き抜かれている武器は、今日も最高のコンディションを保っている。


 今まで使ったことがないようなふわふわ真っ白なタオルで身体中を拭い、金木犀のシャボンの香りが広がる香油を身体中に塗り込んだアザリアは、好きなものを好きなだけ食べ、規則正しい時間に寝食をとって適度に身体を動かしていることによって体のコンディションも最高であるのにも関わらず、今日も王子を殺せない。



「………わたしくしってばダメダメね。このままじゃ処分されてしまうわ」



 スケスケなナイトドレスから覗くむっちりとした白く長い足を撫で上げながら、アザリアはそっと溜め息をこぼす。



「ねぇ?あなたもそう思わなくって?不審者さま」



 目のも止まらぬ速さでナイフを投擲したアザリアは、どさっという音と共に落ちてきた人間に氷よりも冷たい視線を向ける。

 眉間に真っ直ぐ垂直に刺さったナイフを伝い、ぼたぼたと落ちてきた人間の血がこぼれ落ちる。


「この子、うちの子ね。………ハンドラーはわたくしを見限ったということかしら」


 歌うように呟きながら、アザリアはガウンを羽織り、血濡れのナイフを先程まで人間であったものから抜き取ると、ペロリと血を舐め上げ、そのエメラルドの瞳を愉悦に染め上げる。



「あらあらまあまあ、わたくし、見限られてしまったわ」



 元々、アザリアには組織への忠誠をがなかった。


 泣き虫なアザリアを拾い、ここまで立派な育ててくれた人間に感謝をしていても、その周囲や環境には、一切の興味がなかった。


 表向きハンドラーには従っていた。

 何故なら、組織は金払いが良かく、アザリアにとって諸々の都合が良かったのだ。


 アザリアはお金と美しいものをこよなく愛する。

 アザリアの欲しいものを手に入れるためには、常に多額のお金が必要になる。


 そんなアザリアには、暗殺者という危険は伴うといえども金払いがものすごくいい職業というのはとても性に合っていた。

 人を殺すことも、人から情報やものを盗むことも、そこまで苦ではなかった。恩師の教えてくれた方法によって平気でいられた。



 死体からどばどばと血が流れ落ちるのをどこか遠くのことのように眺めてから、アザリアは王子の元に向かう。

 真っ白なガウンと真っ白でふわふわのファーでできたスリッパにべっとりと返り血を浴びているアザリアは、向かう途中で幾度もハンドラーが送ってきたであろう暗殺者を殺しながら進んでいく。


 骨のある人間はいなかった。

 この業界では実力を測れないことが何よりの命取りになる。

 アザリアのことを1度でも見たことのある実力ある賢い人間ならば、多分この依頼は受けない。だからだろう。



 濃厚で濃密な血の匂いに、アザリアは朝ごはんはステーキが食べたいと場違いなことを考えた。



 ———バアァン!!



 両手で大きな音を立てながら王子の寝室を開けたアザリアは、にっこり笑う。



「あら、残念ですわ。生き残ってる」

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