第35話 都を発つ

「急な話じゃがな、今すぐこの都から出ようと考えておるんじゃ」


 それを聞いたニコは心配そうにお婆さんに問いかける。


「い、今すぐって……母ちゃんはこんな酷いケガをしてるんだよ。 この状態で旅をしたらケガが悪化しちゃうよ」


 体を気遣ってくれるニコに優しくお婆さんは返答する。


「確かにそうかもしれん。 しかしな、鬼共におら達の居場所がバレたかもしれんのじゃ」


 ニコは両手で口を抑え絶句した。


「お前たちは気付いておらんかもしれんが、おらはこの都に来て五回ほど八咫烏やたがらすを見た」


 桃太郎が真剣な眼差しで口を開く。


八咫烏やたがらすって確か、鬼が偵察用に飼っているカラスのことですよね……」


「そうじゃ、つまりこの都は常に鬼共に監視されていたんじゃ。 だが、人混みに紛れているときには流石さすがにおら達の事までは認識できない」


 お婆さんの発言に疑問を持ったイチゴが会話に混ざる。


「人混みに紛れて気づかれないならどうして都を出なきゃいけないんだ?」


 お婆さんは首を振った。


「問題はそこじゃないんじゃ。 問題は霊鬼と戦ったことじゃ」


 イチゴは更に疑問に思った。


「あの半透明な鬼と戦ってどうしてバレるんだ?」


「派手に暴れたからじゃよ。 霊鬼の戦いで大勢の観客が劇場から外に逃げ、その後はおらとかぐや様が戦った。 あれだけの騒ぎが起きれば八咫烏やたがらすはどこかの隙間から観察しているはずじゃ」


 イチゴはその言葉を聞いて無理やり納得した。


「だからの、ジジィやお前達の為にも今すぐ都を出なきゃならんのじゃ。 この状態で流石さすがに連戦はできんからの……」


「ガタッ!」


 扉の陰に立っていたかぐや姫が部屋に入ってきた。



「ご、ごめんなさい。 立ち聞きするつもりではなかったんですが、聞こえてしまって……。 皆さんは今すぐ都をつんですか?」


「聞かれて困るような事はないから気にせんで良い。 そうじゃな、事情があって今すぐ都を発つことになった」


「それでしたら旅支度の準備を手伝わせて頂けませんか?」


「そういってもらえると助かる。 いろいろと世話になるな」


 かぐや姫は少しモジモジしてお婆さんに問いかける。


「お婆さん達は何か不思議な術を使うのでお聞きしたいのですが、私のあの黄金に輝く能力の事は何かご存知ではありませんか?」


 その問いを聞いてお婆さんは手をあごに置き考えたが答えは見つからなかった。


「すまんな。かぐや様のその力の事はおらには分からん。 もしかしたらジジィなら……」


 というとお爺さんの方へ目線を向けた。


 お爺さんはというと部屋の隅っこで「かぐや様、かぐや様」と悶えながら呟いていた。


 お婆さんは今のお爺さんに刺激をしない方が良いと思い、ほっとく事にした。


「……ジ、ジジィもわからんみたいじゃな……」


 かぐや姫は残念そうな表情をした。


「……そうですか……。 あの、もう一つお聞きしても良いですか?」


「おらが分かることなら構わんよ」


「ありがとうございます。 実は……最近良く見る夢の事なんですが、月からの使者が私を月に連れて行く夢なんです。 それが毎日のように夢で見て……もしかして正夢なのではと考えるようになってしまったんです」


 それを聞いたイチゴは大笑いした。


「ハハハハハッ! 月って空に浮かんでるあれだろ? そんなとこから誰かが来るのか。 そんなの現実にありえんだろ!」


 デリカシーのないイチゴに腹を立てたニコがイチゴのお尻をツネッた。


「イテテテテーーーッ」


「かぐや様は真剣に悩んでるのに、笑うことないでしょ!」


 かぐや姫は少し困った表情で答える。


「いえいえ、笑われて当然です。 夢の事でこんなに悩むのは馬鹿げていますよね……」


 お婆さんは険しい表情で言葉を探した。


「いや、同じ夢を何度も見るという事は何かを暗示しているのかもしれん。 しかも、かぐや様には黄金の光という特殊な能力もある。 その能力との関係もあるかもしれん。 しかし、おらには具体的な関連性がわからん。 すまんなかぐや様、力になれんで……」


 かぐや姫は両手でお婆さんの手を取った。


「そんなことはありません。 こうして話を聞いてもらっただけでも私は救われました」


 こうしてかぐや姫とのやり取りを終えたお婆さん一行は都を後にした。

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