第32話 名前を書けばいいんですか?

「不思議に思うのも無理はない。 それはかぐやの特殊な体質のせいかもしれないんだがが、かぐやに近づいたり、見たり、見られたりした者はかぐやの虜になってしまうんだよ。 それは男女問わず魅了される。 そして更にかぐやに魅了された者はお爺さんのように無意識でかぐやを襲ってしまう」


 竹取の翁の説明を聞いて、かぐや姫は少し申し訳なさそうに頭をうつむかせる。


「だから、お爺さんのことは事故みたいなものだと思って気にしなくて大丈夫だ」


 竹取の翁は再度優しくイチゴと桃太郎に微笑みかけた。


 それを聞いたお爺さんは元気よく起き上がった。


 しかし頬にはお盆で叩かれた跡が赤くなっている。


「それで改めて小物グッズを貰いたいんじゃが」


 空気を読まず自分勝手なことを言うお爺さんに桃太郎は怒る。


「父上、壊れたガラスの置物も片付けずに何を言っているんですか⁉️」


「わかっておる。わしも図々しくまた別の小物グッズをくれとは言わん!」


 というとお爺さんは桃太郎がいつも持ち歩いている風呂敷を指さした。


「桃太郎、筆と墨をだせ!」


「ち、父上、この状況で何をする気ですか?」


「いいから桃太郎! 筆と墨をだせい!」


 桃太郎は渋々、筆と墨をお爺さんに手渡した。


 お爺さんは素早く墨をすずりで擦り墨汁を作り、筆に墨汁を付けた。


 そしてお爺さんはキョロキョロと周りを見渡す。


「布はないか? 白い布はどこかにないか?」


 しかしお爺さんの目的のモノは見つからず、お爺さんは少し悩みハッと気付いた。


 そうするとお爺さんは部屋の隅に行き、なにか腰回りをモゾモゾとまさぐっていた。


 お爺さんがこちらを振り向くと手には白い布を持っていた。


 そのままお爺さんはかぐや姫の方へと向かう。


「かぐや様、この布にかぐや様の名前を書いてくだされ!」


「おっとぅ突然なんだ? かぐやちゃんの名前を書いてもらってどうするんだ?」


「イチゴはわかっとらんのー。 かぐや様ほどの有名人なら、かぐや様自身が書いたモノも貴重で価値のあるモノになるはずじゃ。 そうだよなオヤジ殿⁉️」


 お爺さんはそういうと竹取の翁の方へ目線を向ける。


「た、確かに価値はあるかもしれませんね……しかし、その発想はありませんでした」


「ほれみてみぃ。 このただの布もかぐや様の名前を書いてもらうだけで価値のあるモノに早変わりじゃ」


 そういうとお爺さんは筆と白い布をかぐや姫に差し出した。


「え、私がこの布に名前を書けばいいんですか?」


「その通りじゃ」


 かぐや姫は恐る恐る筆と白い布に手を差し伸べる。


「この布……若干湿ってますね……うぅ……それに何か……匂いが……」


 かぐや姫は片手を口に抑え苦しそうにしながら白い布に自分の名前を書いた。


「こ、これで……良いですか?」


「おぉー、これじゃこれじゃ! これが欲しかったんじゃ!」


 と言ったと同時にお爺さんはその白い布をバサッと広げた。


 その白い布をイチゴと桃太郎はマジマジと見る。


「おっとぅ!これ、おっとぅのふんどしじゃねぇか⁉️」


 それを聞いたかぐや姫の指先はプルプルと震え、体は硬直した。


「だから何じゃ! 白い布はこれしかなかったんじゃ!」


 竹取の翁は呆れて頭をおさえていた。


「よーし!イチゴと桃太郎、このまま鍛冶屋に向かうぞ!」


 そういうとお爺さんは猛ダッシュで部屋を飛び出してしまった。


 イチゴと桃太郎は何度もかぐや姫と竹取の翁に謝った。


「すみません。すみません。父上が失礼なことをしてすみません」


 竹取の翁は優しい顔で告げる。


「ガラスの破片はこちらで片付けるから、キミ達は父上の後を追いなさい」


「そうだよ。こっちのことは心配しなくて大丈夫だからね」


 かぐや姫も優しく対応してくれた。


 イチゴと桃太郎は再度お辞儀をして部屋を出た。


 部屋を出る二人を見つめ、かぐや姫と竹取の翁は呟いた。


「元気な家族だったな」


「そうですね」


 三人が去った後は、まるで嵐が過ぎた静寂のように静かだった。

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