第16話 オーラを纏いし者

「父ちゃんと母ちゃん、遅いねー」


「しょうがねーだろ三里(約12キロ)もある庄屋しょうや様のところに用事があるみたいだし、帰ってくるのは日暮れになるだろう」


「そうですね。 父上達が帰ってくるまでに洗濯や夕食の準備をしましょう」


「はーい。 ブンもお手伝いするポン」


 見晴らしの良い草原に細長く途切れ途切れの道が続いている。


 イチゴ達がいる道沿いには近くに小川が流れており、イチゴと桃太郎は小川で洗濯をしていた。


 小川の近くにはテーブルにちょうど良さそうな切り株があり、ニコとブンブクはその上で夕食の準備をしている。


 ジャブジャブジャブと洗濯をしていると小川の上流から何やら丸い物体がドンブラコドンブラコと流れてきた。


「兄上、何かが流れてきます」


「―――んん? なんだあれは? 柿?いや違う、桃か??」


「あ、兄上。でっかい桃です!」


「よーし、モモ。あの桃を捕まえるぞ! 今晩はあの桃で腹を満たすぞ!」


 そういうと二人は流れてくる桃をタイミングよくキャッチしました。


 しかし大きな桃の勢いが強くイチゴは吹き飛び、桃太郎は大きな桃に掴んだまま流されてしまった。


「モ、モモちゃーん‼️」


「ブンが助けに行くポン。 まかせるポン」


 ブンブクはその場で大きくジャンプし桃太郎が流れる方へと飛んでいった。


 ジャプンで小川に着陸するとブンブクは大きな口をうまく使い桃をキャッチすることができた。


 大きな桃を潰さないように調節してブンブクは桃太郎ごと大きな桃を陸に上げた。


 しかし次の瞬間ブンブクは勢いよく吹き飛ばされる。


 ブンブクの大きな頭はゴロゴロと転がりそして止まった。


 ブンブクを吹き飛ばしたのは桃から生えた小さな手だった。


 大きな桃の内側から果肉を突き破るように赤ちゃんのような小さな拳が見える。


「これだから下等生物は嫌いなんです。 私の貴重な睡眠を邪魔する者は万死に値しますよ」


 大きな桃の内側から小さな子供の声が聞こえてきた。


 そしてグイッと大きな桃を裂き、桃の中から赤ん坊が外へと出て来た。


 その赤ん坊の胸には大きなひし形の前掛けを首から掛けている。


「なんだお前、赤ん坊のくせに生意気だな。 殴ったブンブクに謝れよ」


 イチゴが赤ん坊を見下ろすようにして、赤ん坊を威嚇した。


「あ、兄上。 そいつは危険です。 そいつから離れてください!」


 桃太郎の助言も虚しく、赤ん坊の軽い裏拳がイチゴの足に当たる。


 赤ん坊の裏拳の衝撃は凄まじく、イチゴは吹き飛び地面を転がった。


「はぁ〜、想定外ですね。 こんな上流で目覚めてしまうとは」


 赤ん坊はそういうと、今度は前かがみになっている桃太郎の顎を下から上へと蹴り上げた。


 桃太郎は高速で縦回転し上空に舞い上がり、そこから急降下する。


「キャーーーッ」


 あまりの惨劇にニコは悲鳴を上げた。


 そのときブンブクが落下中の桃太郎の方へと向かう。


 ブンブクは落下中のイチゴを器用に口でキャッチし優しく地面に着地させた。


 着地したと同時に赤ん坊のパンチがブンブクの大きな顔の眉間に直撃する。


 ブンブクは必死に堪え吹き飛ばずにその場に留まったが、眉間からはタラーっと血が流れた。


「ほほー。私の一撃を耐えるとは、なかなかやりますねー」


 ブンブクは振り絞って声を出す。


「ブンが…ブンが…ま、守るポン……ニコ殿達は……ブンが守るポン…それが…こんな姿に…なっても……優しく……してくれた…ニコ殿達への……恩返しだポン……」


 そういうとブンブクは巨大な頭で跳躍し赤ん坊めがけて突進した。


 赤ん坊はヒョイッと軽くジャンプし難なくブンブクの攻撃をかわす。


 回避されたブンブクは勢いのあまり転がった。


 すると赤ん坊は大きな桃の方へと近づく。


 赤ん坊は大きな桃の前に立つと桃の果肉を鷲掴みにし、その果肉を口に頬張った。


 ムシャムシャ、ゴックンと桃の果肉を飲み干すと、赤ん坊の身体からオーラが溢れ出してきた。


 ビクンと赤ん坊の身体が揺れると赤ん坊の身体は急激なスピードで成長し、一気に五歳児くらいの大きさになった。


 五歳児は軽くステップを踏むと、瞬時にブンブクの前に立ち右足を大きく上げそのままブンブクの頭頂部へと振り下ろす。


 ブンブクはその衝撃で白目を向き鼻血を大量にぶちまけた。


「もうやめて、ブンちゃんをこれ以上いじめないで!」


 ニコは五歳児の身体にしがみつき必死に懇願した。


「私に触るな!」


 五歳児が腕を振るとニコは真横に吹き飛ぶ。


 地面に落下する直前ピョンピョンとブンブクはニコの元へ向かい口を使いキャッチし優しくニコを地面に置いてあげた。


「ブ、ブンちゃん……こんなに…傷ついて…いるのに…あ、ありがとう…」


 ブンブクはニコを守るように立ち五歳児を睨みつける。


「ブ、ブンが守るポン。 ブンがニコ殿達を守るポン!」


 ブンブクは傷だらけになりながらも五歳児に向かい威勢を張った。


 五歳児はピョーンと跳ねるとまた大きな桃の前に立ち、今度は両手で何度も桃の果肉を頬張った。


 五歳児が果肉を飲み込むたび五歳児の身体はドクンドクンと揺れそのたびに成長する。


 最終的には二十歳くらいの青年になった。


 青年は身体にオーラを纏いその顔は男とは思えないほど美しかった。


 赤ん坊の頃から首に掛けていた大きいひし形の前掛けでかろうじて股間を隠していた。


「やはりこの身体は素晴らしい。 ここまで成長すると力がみなぎり、高揚感が溢れてきますね」


 そういうと不敵な笑みをブンブクに向けた。


「どれ、一つ試してみましょう」


 青年は足元に落ちてあった1センチほどの小石を拾い上げると、ピョンとその小石をニコ目掛けて人差し指で弾いた。


 小石はまるで隕石のような勢いをつけニコに向かう。


 ニコは恐ろしさのあまり身体と顔を背ける。


 小石がニコを襲う、まさにそのときブンブクが大きな頭で身代わりになった。


 小石はブンブクの額に当たり、ブンブクの額は陥没し大きな頭は弾け飛んだ。


 ドサッと何かが地面に落ちる音がする。


 そこにいたのは胴体が茶釜の可愛いタヌキだった。


 ニコは大粒の涙を流しながらブンブクを両手で抱きしめる。


「ブンちゃん、ブンちゃん、目を覚ましてブンちゃん!」


 ブンブクはニコの声を聞き、わずかにまぶたと口を動かした。


 ブンブクのその反応にニコは微かに安堵した。


「これは面白い。 まさか妖怪大首の正体がタヌキだったとは、これだから現世は面白い。 しかし、私の攻撃で死なないとはせませんね。」


 そして軽くステップを踏むと瞬時にブンブクの前に立ち、右手のパンチでブンブクを狙った。


 青年は軽くパンチをしていたがその風圧が凄まじく大気が歪みブンブクを襲う。


 ブンブクは全く動く事はできず、ニコはブンブクを抱きしめブンブクに覆いかぶさるようにしてブンブクを守った。


 青年のパンチがニコとブンブクに当たる寸前、パンチの軌道が止まった。


「ますます面白い。 まさかオーラを纏う者がこんなところにいるとは、しかし何かが違いすぎる。 だから私はすぐには気づかなかったんですね」


 そういうと青年はイチゴと桃太郎の方へ目線を向けた。


「これはこれは更に面白い。 まさか三人ものオーラを纏いし者がいるとは、これは今殺すにはもったいないですね。 この異端の者達がどう成長するか楽しみです。 私の好奇心がワクワクを感じてますよ」


 そういうと青年は大きな桃のところへいき、桃を両手で持つと瞬時に圧縮した。


 圧縮した大きな桃はゴルフボールくらいの大きさの玉になった。


 青年はその玉を口に入れるとゴクリと飲み干す。


 すると青年の身体からオーラが溢れ出すと今度はそのオーラが急速に収束し、豪華な和服へと姿を変えた。


 そして青年はピューンピューンと大きなジャンプをして遠くへ行ってしまった。


 青年がいなくなりニコは自分たちが助かったと安堵する。



 ―――十数分後、お爺さん達は庄屋様の用事から帰ってきた。


 みんながボロボロになって倒れ、ブンブクは大首からタヌキに戻り、お爺さん達は何が起こったのかわからずあたふたしてしまった。


 気を失わずに済んだニコはお爺さん達に状況を説明する。


「あれがバーンってなって、これがドーンってなって、それでね」


 ニコのよくわからない説明にお爺さん達は「う、うぅ〜ん…」って感じだった。


 ブンブクはニコのかたわらで安心した表情をして眠っていた。

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