第12話 傍若無事な赤い影

「ドシン、ドシンうるさいのー、わしは早朝の柴刈りで疲れて休んどるのに……。 ババァ、このうるさい音が何なのか見てきてくれ!」


 お爺さんの問いにお婆さんの返答はなかった。


「ババァ、聞こえんのか?」


 お爺さんは面倒くさそうに起き上がりお婆さんがいるかを確認したがお婆さんの姿はなかった。


「なんじゃ、ババァはどこか出かけたんか。 わしに何も言わずにどこさ行ったんだ?」


 そのときまた遠くで「ドシン、ドシン」と大きな音が鳴り響きニコが血相を変えて家の扉を開けた。


「と、父ちゃん…た、助けて……」


 そこには砂ぼこりで汚れ、前かがみに倒れたニコが振り絞るように声を出していた。


 そんなニコを見たお爺さんは慌ててニコのところへと駆け寄る。


「ニ、ニコ、どうした? 何があったんじゃ!?」


 倒れたニコの左肩からジワーっと血が滲み、地面が僅かに血で染まっていく。


 ニコのその姿を見たおじさんはとっさにニコの方へ駆け寄りニコを抱きかかえる。


「ニコ、痛くねーかっ、大丈夫か?」


 お爺さんは涙目になりニコを抱える。


 ニコは途切れそうな微かな声でお爺さんに懇願した。


「…う、うちは…だ、大丈夫…それより…イチとモ、モモちゃんを助け…て……」


 ニコ以外にイチゴや桃太郎が酷い目に合っているとわかったお爺さんはプルプルと震えだし、顔はカァーッと赤く怒り狂いそうな表情になってゆく。


「どこのどいつじゃ、わしらの子供にこんな仕打ちをしたのは!!」


 と言い捨てると勢いよく扉から外へ出て、洗濯場の方へお爺さんは走った。


 物干し台の上には鞘に入った長い刃の日本刀が物干し竿代わりになり、お爺さん等のふんどしを干していた。


 そのふんどしをお爺さんは払いのけ、物干し竿代わりにしていた日本刀を手に取るとニコの方へと戻った。


「ニ、ニコ、どいつにやられた、父ちゃんがそいつをらしめてやる!!」


 普段とは違う勇ましいお爺さんを見てニコは少し安堵した表情になり、お爺さんにイチゴ達の場所を教える。


「イ、イチ達は…山の一本松の…と、ところにいる……」


 弱りながら必死に声をだしたニコは目をつむり気を失った。


 お爺さんはニコを優しく抱きかかえると布団に寝かせる。


 お爺さんは深呼吸を一つすると長い日本刀をギュッと握りしめ山の一本松へ走って行った。




* * * * * * * 




「ほーれ、ほーれ、もっと逃げんと捕まえてしまうぞ」


 桃太郎はうずくまり全く動く気配がなく、ブンブクは大きな顔を横倒しにしてプルプルと倒れていた。


 イチゴは必死に何かから逃げるように走っている。


 なんとイチゴを追いかけるように遊んでいるのは巨漢の鬼だった。


 鬼の身長はゆうに2メートルを超え、全身を血のような赤い肌で覆い、その頭には鋭い角が二本生えていた。


 上半身は裸で下半身には虎柄模様とらがらもようの腰巻を巻いている。

 

 首には木製で作られた数珠のようなものをつけ、手足首には虎柄の布を巻いていた。


 手足の爪は鋭くまるで熊のようだった。


 息が切れたイチゴは立ち止まり両膝の上に両手を乗せ、「ハァー、ハァー」とかすれた息をしている。


「なんじゃ小僧、もう走れんのか、つまらんのー」


 と言うと赤鬼はイチゴの右足首を右手の人差し指と親指で摘み、軽々とイチゴを持ち上げる。


 イチゴは疲れ果てた体で両手をブンブン回し赤鬼に抵抗する。


 だが赤鬼はイチゴの抵抗など全く気にしない素振りで高々と上げ、自分の顔の前までイチゴを運んだ。


「よく見ると肉付きも良く美味そうな小僧じゃのぉ」


 と嬉しそうな顔でイチゴの体を舐め回すように見つめる。


 次第に赤鬼の大きな口からは粘り気のある唾液が垂れ、それが徐々に滝のようになった。


「が、我慢ができん」


 赤鬼は摘んだイチゴを細い枝が付いたサクランボを食べるように大きな口を開ける。


 イチゴの眼前にはサメのような鋭いギザギザの歯と赤黒く汚い舌が濁った唾液でビチョビチョになっていた。


「お、おっとぅおっかぁ、助けてーーー!!」


 イチゴの必死な声が一本松周辺に響く。


 その時「ガツン!!」と鈍い音が聞こえ、赤鬼はイチゴを摘んだ右手の動きを止めた。


「なんじゃぁ?」


 赤鬼は何もなかった風な反応をして音の鳴った右手の肘の部分に目をやった。


 そこには長い日本刀を振り下ろしたお爺さんの姿があった。


「おい、クソ鬼! よくもわしのかわいい子供らに酷いことをしてくれたな! 絶対に許さんぞ!!」


 その言葉を聞いた赤鬼は最初キョトンとしたが、徐々に怒りの笑みに変わった。


「どう許さんのか、言ってみい」と言い右手で摘んだイチゴを放り投げた。


 イチゴは一本松の幹へ飛ばされ、その飛ばされた先には幹から生えた太い枝が折れ、まるで巨大な釘のようになっていた。


 その絶体絶命な場面にイチゴに追いつくことのできないお爺さんは叫ぶことしかできなかった。


「イチゴーーーーーッ!!」


 その時、巨大な黒い影がイチゴの元へと突き進む。


「ガシッ!」


 間一髪のところでブンブクが口でイチゴをキャッチした。


 ブンブクは涙目になりながら必死でイチゴを救った。


「イ、イチ殿、大丈夫ですか??」


 ブンブクのその声にイチゴは頭をわずかに縦に振った。


 その光景を見ていたお爺さんは肩をなでおろし、わずかに安堵の表情を見せた。


 逆にその光景に苛立った赤鬼は右足で力いっぱいお爺さんの腹を蹴り上げる。


 お爺さんは勢いよく吹き飛び、手に持っていた長い日本刀はクルクルと宙を舞う。


 お爺さんはまるで水切りをした石のように地面を何度も跳ねて飛ばされた。


 赤鬼は「ドスンドスン」とお爺さんの方へゆっくりと歩み寄る。


 すると赤鬼の足元にはお爺さんの長い日本刀があった。


 赤鬼はその長い日本刀を掴むと両手で刃の先端と柄を握り、勢いよく右膝に振り下ろした。


 長い日本刀は「ガシャン!」と音を立て真っ二つに折れた。


 柄のある方の刃の断面は鋭利に尖り、まるで長く太い針のようになった。


 赤鬼は折れた日本刀を「ポイッ」と捨て、再度お爺さんの方へと歩み寄った。


 お爺さんは左手で腹部を押さえ口からはわずかな血が滲んでいた。


 虫の息のようなお爺さんはそれでも立ち上がりファイティングポーズを構える。


「…わ…わしが……絶対に……守る…。 わ、わしの…命に…かえ…ても、守る……」


 と言い終わると同時に巨大な裏拳がお爺さんを襲った。

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