第6話 巨大な顔

「ほら!お前たち、もう寝る時間だぞ」


 お婆さんは三人の子供たちに寝る催促をした。


「オレは今日は寝ねー!」


 イチゴが木の棒を持って威勢よく叫んだ。


「イチ、まさかふもとの村で聞いた噂を信じてるの?」


 ニコの発言にイチゴは頷いた。


「ボクも兄さんと家を見張る!」


 イチゴにつられて桃太郎までもが木の棒を構えだした。


「お前らどうしたんだ? 木の棒なんか持ち出して?」


 お爺さんは二人の行動に疑問を持ち尋ねた。


「今日、村の弥七やしちさんがタヌキ狩りをしてたら、森の中ででっかい頭の鬼を見たって騒いでたの! それで二人ともこんな感じになっちゃったの」


 ニコは村であった話をお爺さんに伝えた。


「弥七は臆病だから、何かと鬼を見間違えたんだべ。 アイツは野うさぎを見ても、狼が出たとかいう奴だ! それに頭を河童みたいにしてるバカタレだぞ。 こないだなんか「河童様ーっ!」とかほざいて村中を走り回ってたみたいだ。 そんな弥七の話なんか1割くれえ信じりゃええんだ。 それに鬼なんか遠い向こうの話だ。 出もしねえ鬼の心配なんぞしとらんで、さっさと寝ろ! 明日は山菜採りに朝早く行くぞ。 寝坊したヤツは、おっとうのお尻ペンペンの刑にすっぞ!」


 お爺さんがそう言うとニコは素早く布団の中に入った。


「ウチはもう寝てるもんねー」


 そう言ってニコは布団の隙間からイチゴと桃太郎を覗いてクスクスと笑っていた。


 イチゴと桃太郎は棒を構えたままお互いを見つめ「どうしよう……」というような顔をしていた。


「ポン!ポン!」


 お婆さんは二人の頭を軽く叩いた。


「早く寝ねねい子は、ババァのお化けが食べちまうぞー」


 お婆さんは二人の後ろから両手の手首を垂らし、お化けのフリをして二人を驚かせた。


 薄暗い陰から急にお婆さんが現れて、二人はビックリし慌てて布団の中に入った。


 それを見てニコはますます笑っていた。


二人は布団の中でふてくされていたが、―――いつしか寝てしまった。




* * * * * * * 




 深夜を過ぎ、外は昼間まで雨が振っていたとは思えないほど月の明かりでぼんやりと光りが差していた。


 虫の鳴き声と小川の微かな音が心地よい夜を演出している。


 イチゴはトイレに行きたくなったが、トイレは家の外にあった為、怖くて一人では行けずにモジモジしていた。


 ニコと桃太郎を揺らして起こしトイレについて来てもらおうとしたが、二人ともぐっすりと寝て全然起きなかった。


 しかたなくイチゴは一人でトイレに行くことにした。


 家の扉を開けるとひんやりした風が頬をかすめ体がゾクッとした。


「んん!?」


 扉を開けたイチゴはいつもと違う光景に戸惑っていた。


 普段ならばすぐに道と庭が見えるはずだが、全体的に薄暗く見え外の景色が全く見えなかった。


 イチゴは自分が寝ぼけているのかもと思い右手で目をゴシゴシと擦った。


 そして目を開けると顔の真ん前に、巨大な黒く丸いモノがあった。


 イチゴはそれが何だかわからず、その黒いモノに顔を近づけると、その黒いモノが右へ左へ動いた。


 イチゴはビックリして尻もちをつき、それが何なのかその時初めて理解した。


 扉の前にあったのは巨大な女の顔が横向きに扉の前を塞いでいた。


 そして黒いモノはその巨大な女の目玉だったのである。


 口の中にはお歯黒のように真っ黒い鋭い牙が揃っており、ネバネバしたヨダレがダラーっと流れていた。


 イチゴはあまりの恐怖に声が出なくなり体も動けなくなっていた。


トイレも我慢していたため、尻もちを付いた場所からオシッコがジョワーっと広がっていた。



 イチゴは何とかして皆んなに危険を知らせようと必死に体を動かそうとしたが恐怖で動けなかった。


「お……おっとう……、お……っかあ……」


 わずかに出来ることは両親の名前をかすれそれうな声で出すくらいだった。


 そんな怯えるイチゴを見て巨大な顔は大きく口を開けた。


「く、くわ……喰わせ……て……」


 イチゴには巨大な顔が「喰わせて」と言っているように聞こえ、自分が喰われると思いますます恐怖で動けなくなってしまった。


「た……たす……けて……」


 巨大な顔が口をゆっくりと動かす度に、黒く鋭い歯がギラギラと鈍い光を放った。


 イチゴの体はあまりの恐怖で金縛りにあったかのように身動きが取れず心の中で助けを呼んだ。




『おっとう、おっかあ、助けてくれ!!』




 その瞬間、突風の様な凄まじい衝撃が巨大な顔の眉間に当たった。


 その勢いで、巨大な顔は後ろに吹っ飛びゴロゴロと転がった。


 何とその大きな顔は胴体がない頭部のみの化け物だったのである。


 そしてイチゴを守るようにイチゴの前に立つ人影があった。


 そこに立っていたのは若返った姿のお婆さんだった。


「ウチのイチゴを喰うつもりだったか!? この、バケモンが!!」


 月明かりに照らされなびく長い髪はキラキラと輝き、引き締まった肉体は白く淡い輝きを放っていた。


 それ以上にその肉体から溢れでる怒りの闘志が空間を歪ませていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る