第5話 大空に羽ばたく三羽の鳥

 桃太郎が生まれて5年の年月が流れた。


 イチゴとニコは七歳になり桃太郎は五歳になっていた。


「イチ達はどこさ行った?」


 お爺さんがお婆さんに問いかけた。


「また元気良く一本松の所で遊んでるんじゃねえか?」


「おー、元気な事はなによりだー! ……ところでババァ、また老けたんじゃねえか?」


 その言葉を聞いたお婆さんは素早い動きでお爺さんのアゴに見事なアッパーをおみまいした。


「グハーッ!」と叫びお爺さんは吹っ飛んだ。


「おらはまだまだ若いわー!」


 しかしお婆さんは、自分の両手を見つめ考えだした。


 わずか5年の間に二人の容姿は20歳から40歳くらいに老化していた。


 どうやら桃の若返る特殊な効果が徐々に消えかかっているとお婆さんは思い始めていた。




* * * * * * * 




「ニコ、モモ、早くこっちに来い! 二人とも置いてっちまうぞ!」


 イチゴは元気よく二人に呼びかけた。


「イチ、待ってよ……、ウチはそんなに早く走れないよ……」


 ニコは息を切らし必死にイチゴの後を追っていた。


「姉さん、ボクの手を取ってくれ、ボクが引っ張ってやる」


 ニコの手を握り優しく引っ張ってあげるのは桃太郎だった。



 イチゴは山のてっぺんにある一本松の下であぐら座りをして、必死に走ってくる二人を待っていた。


「遅いぞ二人とも! そんなんじゃ、いつに経っても都で悪さする鬼なんて退治できんぞ!」


 二人はやっとの思いで一本松まで辿り着いた。


 そしてニコが息を切らしてイチゴに訴えかける。


「ウ、ウチは別に鬼退治なんてしたくないよ。 鬼退治をしたいのはイチだけでしょう。 ウチはおっとうとおっかあと皆んなで、穏やかに暮らせればそれで良いんだよ」


 そう言われてカチンと頭にきたイチゴは桃太郎を問い詰める。


「モモはどうなんだ? 男のお前も、鬼退治は興味ないのか!?」


 そう言われて桃太郎はイチゴの前にグイッと立った。


「ボクも都で悪さをする鬼を退治してえ! 罪のねえ人が死ぬのが許せねーんだ! 鬼なんぞ、ボクが全て駆逐してやんぞ!!」


 イチゴは桃太郎の駆逐という言葉を初めて聞いて何の事かわからず戸惑ってしまい、こっそりとニコに聞いてみた。


『ニ、ニコ、く、くちく、って何だ?』


 ニコは真面目な顔で小声で教える。


『くちく、じゃなくて、かちくって言ったんじゃないかな……?』


 それを聞いたイチゴは少し考えてニコに尋ねた。


『か、かちくって、鶏とか飼う、家畜のことだよな……?』


 ニコは小声で『うん、うん』と頷いた。


 それを聞いたイチゴは更に考えた。


 家畜と言ったのなら、桃太郎は鬼を全て家畜にするという意味かも知れない。


 家畜は飼い主に飼われている……桃太郎は全ての鬼を飼いならすつもりなのか?


 それはつまり、全ての鬼の飼い主……いや、この場合は、鬼の王に桃太郎はなろうとしていると、イチゴは考えの答えを導き出した。


 さすがにそんな事を弟の桃太郎がやろうとしているならば兄のイチゴが止めなくてはならないと思い、イチゴは桃太郎に強い口調で言い放った。


「モモ! そんな事をやってはダメだ!!」


 その言葉を聞いて正義感の強い桃太郎は兄のイチゴに言葉を返した。


「どうしてダメなんだ! 兄さん、理由を教えてくれ!!」


 そう言われイチゴは胸を張り両手を腰に当てて堂々と答えた。


「鬼なんぞ飼ってはいかん! ましてや鬼の王なんぞになってはならん!!」


 桃太郎は兄の意味不明な答えに理解できず、口をポカーンと開けて固まってしまった。


 その光景を見てイチゴの横に居たニコはクスクスと笑い出した。


 二人の反応を見て、やっと自分の言った発言が見当違いだと理解したイチゴはニコの方を睨んだ。


 ニコはイチゴに駆逐の意味を教えた。


「家畜じゃなくて、くちく。 駆逐っていうのは、倒すとか追い払うとかいう意味だよ。 モモちゃんは本でいろいろと勉強してるからウチらが知らない言葉をたくさん知ってるんだよね。 ウチも駆逐って言葉はモモちゃんから教えてもらったの」


 それを聞いたイチゴは嘘をついたニコを怒るよりも、弟の桃太郎にバカな発言をして兄として恥ずかしくなり、顔が赤面してプスプスと頭から湯気が出る感覚になっていた。


 そして気を取り直したイチゴは、今までの一連の流れがなかったような雰囲気を出して話を進めた。


「そ、そうだな! 悪さする鬼は駆逐せんとな! さすがオレの弟の桃太郎だっ!!」


 イチゴが一連の流れを必死で誤魔化そうとする姿にニコと桃太郎はイチゴが滑稽に思え、二人は大声で笑ってしまった。


 その二人の姿を見てイチゴは恥ずかしかったが、徐々に自分のバカさかげんに呆れイチゴも笑ってしまった。


三人は転げ回り大笑いした。




 笑い疲れた三人は、一本松の下で大の字に寝っ転がりニコが桃太郎に尋ねた。


「モモちゃん、本当に鬼を全員を倒すの?」


 その問いに桃太郎は即答した。


「姉さん、もちろんだ!」


 その答えにニコは少し考え、また桃太郎に尋ねた。


「鬼もウチらみたいな子供や、弱い女の人もいると思うんだよね……。 その鬼たちも……倒しちゃうの?」


 桃太郎は色々な本を読んだり噂話を聞いたりして鬼は全て悪者だと思っていたため、ニコの質問に困惑したがやはり鬼は悪者と思っている桃太郎は答えた。


「そ、それでも、子供の鬼は大人になり、女の鬼は子供を産む。 鬼は全て駆逐せんとダメだ!」


 その答えに納得がいかないニコは更に桃太郎に尋ねる。


「それじゃ、全く悪さもしなくて人間に親切な鬼がいても、その鬼も倒しちゃうの?」


 さすがにその質問に対して桃太郎はどう答えて良いのかわからず、その答えを兄のイチゴに聞いてみた。


「……兄さんはどう思う?」


 イチゴは大の字に寝っ転がり、真上の大空を眺めて答えた。


「オレにはそんなゴチャゴチャした事はわからねえ……。 ただ、悪さをする鬼だけ倒せば良いんじゃねえか? 鬼だって、良いヤツもいれば、悪いヤツもいると思うんだ。 それは、人間だって同じだろ、良いヤツもいれば、悪いヤツもいる。 鬼だからって、みんな悪者にされちゃ鬼も可愛そうじゃねえか……。 もしもオレが鬼だったら、そう思うけどな……」


 その言葉を聞いてニコは納得した感じで珍しくイチゴに対し尊敬の眼差しで見つめ微笑んだ。


「さすがイチゴ、たまにはお兄ちゃんらしく良いこと言うね」


 イチゴはニコに褒められたのは嬉しかったが「たまには」という事が納得いかずニコに言い返した。


「たまにはとは何だ! たまにはとは! それじゃ、オレはいつもバカみたいな事しか言っておらんみたいじゃねーか!?」


 それを聞いてニコはまたイチゴをからかってやろうと返答した。


「そうだよ! イチはいつもバカみたいな事しか言ってないじゃん! お兄ちゃんなのに!」


 そう言ってニコは走ってイチゴの前から逃げた。


「なんだと!」


 イチゴも逃げるニコを追いかけ二人は一本松を中心にグルグルと回り追いかけっこを始めてしまった。


 一人残された桃太郎は今も大の字になり、イチゴとニコの言葉の意味の答えを探していた。


 しかし本などで勉強したとはいえ、五歳という幼い桃太郎はその答えを見付けられず大空を眺めていた。




大空には羽ばたく三羽の鳥が、仲良く飛んでいる姿があった。

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