『空腹の貸し借り』(1000字程度)

@akaimachi

『空腹の貸し借り』

私は公園で意味もなく時間をかけ、雲の形状について考察していた。ただそれも、限界のようだった。

 「お腹が空いたなぁ」

 昼ごはんを終え、3時も過ぎたあたり。夜ご飯を食べるには早すぎるが、一旦意識してしまうと後戻りのできない。つまり、これは恋心に似た……は綺麗すぎるか。だから、そうだな、どちらかというと、エアコンを消したかどうか出先で一度気にしてしまったら、その不安を打ち消せないような状態に陥(おちい)っていた。

「あぁ、お腹が空いた!」

 この事態を言い切ってしまおうと声を上げてみたが、情勢が変わることはなさそうだ。

 気を紛らすため、砂場で遊んでいた子たちに混ざることにする。空腹というのはピークを過ぎると驚くくらい綺麗に消え去ることがある。それを信じてみた。

「いーれーて」

 昔誰かに教わった決まり文句を、大人になった声帯で唱える。

「「いーいーよ」」

 ふたり組の子どもたちは、なんの不信感も覚えず私を受け入れてくれた。

 性別というものは残酷で、こういった状況において、私に向けられる“不審”は限りなくゼロに近い。

 身なりに違和はなく、気の弱そうな雰囲気から“悪“が取り除かれ、害のない人間の鑑となる。

 子どもたちの様子を片目においたまま、雑談を繰り広げる母親にもそう映っているだろう。誰ひとり私を拒絶しない。

 平和を信じている親たちに一瞥を向け、女の子らの間に座り込んだ。

 ひさびさに触る砂場の土は、いや、土ではなく、砂というのが正式か、と脳内で訂正した細かい粒たちは、適度に水分を含み、手のひらで握り広げると、その形を保っている。

 懐かしさに日の暮れを見たが、幼い声で現実へ戻った。

 片方の女の子が、もう1人のバケツを持っている女の子に交渉を始めたからだ。

「かーしーて」と。

 そして、流れるように返答があった。

「あーとーで」と。

 私は、“嫌”や“だめ“と断らないことに感心した。

 あとで、と言われた子もこのやり取りには慣れているのだろう、『あとでなら』と納得して他の造形にシフトチェンジしている。

 この、『あとで』という不確かな約束の成立に若さを見た。

 しばらくするとバケツを持っていた方は、大きなプリン形状の砂山を完成させ、今度はひとまわり小さいバケツに砂を入れ始める。

 明らかにこれは『あとで』、のタイミングだと分かった。それは、一度断られた彼女も同じだったらしい。

「かーしーて」

 もう一度交渉が始まる。

 私は一連の経過を見て、この貸し借り交渉は成立するだろうと確信していた。だが、

「だーめーよ」

 まさかの不成立だった。しかも、つい先ほどよりも内容が厳しくなっている。

 再度断られ、唖然とする女の子を見て、何か声をかけなくてはと迫られた気がした。

「あの、あれだよ。お腹空いたなぁって思ってても、ちょっとしたら、“あれ?空いてないぞ”ってことあるでしょ?それと一緒よ。後で貸したいって思ってたとしても、気持ちが変わったのよ。……だから、私のでよかったら。」

 確実に目が合っていたが、反応はない。


 その子は急に立ち上がり、母のもとに走っていった。

「おかーさん!おなか空いたーー!」

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