第5話<着色瞳晶>
本に熱中している彼の背後に家政婦が立っている。残念ながら彼がそれに気付いた様子はない。
ユリ「坊ちゃま。」
「え?ちょっと。待っ・・・。」
ユリは少年の返事待たずに布団ごと彼をひっくり返した。
「へばっ!!」
万有引力の法則にしたがい彼はベチンと畳に叩きつけられる。
「な、何を?!」
ユリ「ねえ、坊ちゃま、私とデートしませんか?」
「お断りします。俺は読書に忙しいのです。これらは明日が返却期限なので、今日中に読み終わりたいのです。デートならケイ兄と行ってください。」
机の上には『世界のオカルト大全、呪い!?意思を持つ道具編』、『世界のオカルト大全、夢か真か神との邂逅編』、『世界のオカルト大全、前世の記憶編』等の本が置かれている。
ユリ「そんな冷たい事言わないでください。もちろん、ケイゴ様には内緒です。お姉さんとイイコトしませんか?」
「・・・・・。」
ケイゴ「・・・・・。」
さて今まで会話に出てこなかったが剣聖様はユリとともに静かに入ってきていた。
「この茶番は一体なんなんだ?ケイ兄。」
ケイゴ「・・・・。ユリと一緒に行けばわかる。」
世界の英雄の一人になる予定の剣聖様にとって日常生活では怖いものはあまりない筈だが、彼は実の弟と目を合わせない。さて、今日のユリの装いは普段の我が国ハルモニーオの民族衣装や割烹着姿ではなく、運動に適した恰好をしている。
「これは・・荷物持ちの線が濃厚か?」
彼はぼそりと小声でつぶやく。
「申し訳ありません。天女の如き美しく可憐なユリお姉様からデートに誘われるのは末代までの栄誉と認識してはいるのですが、大変不幸なことに急に腰が痛くなってしまいまして、断腸の思いではあるのですが、断念したい所存でございます。(早口)」
少年は大げさに自らの腰に裏拳を複数回当てて腰痛をアピールしながら眉間にしわを寄せ、目を細め、まるで本当に残念そうな顔を作っている。その脇で何故かユリは目薬をさしている。
ユリ「グス・・グス・・・。坊ちゃまはそんなに私と一緒にいるのが嫌ですか?」
少年は戸惑った顔をしながら先ほどから口数の少ない剣聖様に視線を向ける。剣聖様は無表情で何を考えているかわからないが、冷や汗をかいているようにも見える。
「いえいえ、そのようなことは全くありません。ですが残念ながら腰が痛くて・・。とても残念ですが。」
少年がダメ押しとばかり腰にコンコン裏拳を当てているとユリが懐から何やら手のひらサイズの緑色の草を取り出す。
「ん?」
そしてそのまま彼の背中にその草を押し当てた。ペシンという小気味よい音が部屋に響き渡る。
「え?」
ユリ「これはレサニゲト草です。大抵の腰痛は完治するはずです。」
「はひょ?」
ユリ「クスクス。これでいけますよね?」
呆然とした少年をユリは片手でズリズリと音を立てながら引きずっていく。
ケイゴ「すまん。弟よ。」
少年が連れ去られた部屋からは英雄の懺悔が小さく聞こえた。
半刻後、黒髪の美女と赤眼の少年は木造の建物が脇に並ぶ土で固められた街道を歩いていた。春先にも拘らず強い日差しが2人を照らしている。
ユリ「坊ちゃま。」
「はい。」
ユリ「なぜそんなに離れて歩くのですか?」
商店街への街道を少年はユリから大人二人分離れて歩いている。
「気のせいですよ。」
ユリ「!!!」
ユリ姉は何かに気が付いた様に体を一瞬硬直させた。
「ん?」
ユリ「今すぐに手をつなぎましょう。」
「え?」
ユリ「ほら、迷子にならないように。」
「流石にそんなに子供ではないよ。」
ユリ「やっぱり坊ちゃまは私のこと嫌いですか?」
そういいながらユリ姉は目薬を少年の目の前でさす。
ユリ「グスグス・・・。」
「ところで今日は何を買うんですか?」
少年はユリの様子を全く気にしていないようである。
ユリ「泣いている女性が居たら宥めたり、お願いを叶えてあげようとか思いませんか?」
「ウソ泣きしている人にそんな感情は湧きませんよ。」
ユリ「もう、面倒くさい。」
ユリは強引に少年の手をつかみ、引きずるように歩を進める。
5分ぐらい俺の右手を握りしめた後、
ユリ「クスクス。そろそろいい頃合いでしょうか?」
ユリはあっさりと彼を解放した。
「一体なんなんだ?訳が分からない。」
ユリ「クスクス。さあ、今日は特売日です。坊ちゃま、頑張りましょうね。」
二人は商店街の前に来ていた。入口には横断幕が掲げられ「嵐の一日!!半額セール!!」と書かれている。
各商店の前には目が血走った主婦と思われる者の集団が屯している。
「この物々しい雰囲気はいったい?」
各店の店主と思われる者がどこからともなくやってきて入口の脇で立ち止まる。
店主たち「ふ~~~~。紳士淑女の皆様大変お待たせしました。開店です。」
店主たちは静かに告げると解錠した。
**「「「「!”#%’&)(」」」」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
と足音を立てながら野生の主婦たちが雄たけびを上げながら各店舗に突入していく。
ユリ「坊ちゃまはこの紙に書かれた物をお願いします。比較的競争率は低いはずです。」
ユリは彼に何やら箇条書きで記された紙切れを渡す。
-砥石(ケイゴ様♡の刀のメンテ用)
-油1缶(ケイゴ様♡の刀のメンテ用)
-高級卵10個(ケイゴ様♡の卵焼き用)
-卵20個
-スイカ2玉(できるだけ大きなものを選ぶこと)
-米2袋(大袋で)
-牛乳5瓶
-以下省略
「重そうな奴ばかりじゃないか。こんな時期にスイカなんか売ってるのか?あと♡って・・・歳考えろ。」
彼が文句を言っている間に主婦たちが何かを叫びながらすごい勢いで各店舗に入っていく。その集団内にユリも紛れて・・いや、寧ろ弾き飛ばしている。
「世の中の主婦は大変だな。他の地域でもこんな感じなのだろうか?」
彼は少し遅れて商店街に入った頃には既に棚の一部は空になっている。
「ここには一体何が置いてあったのだろうか?」
彼から離れた所では主婦の集団が何かを叫びながら商品の奪い合いをしている。
「頼まれたものを探すか。集合場所は決めていないが、まあ、ユリ姉も買い物が終われば入口に戻って来るだろう。」
彼は慣れない様子で商店街を適当に回る。
「ん?」
-着色瞳晶モリタ-
そんな看板が掲げられた木造の建物が彼の目を引いたようだ。
着色瞳晶(チャクショクドウショウ)は瞳の色を変えられる平べったい小さな透明な石で瞳に装着して使うものである。異国の地ではカラーコンタクトと呼ぶこともあるらしい。
店主「おや、お客さん。いらっしゃい。」
色により値段は様々だが、茶色は安く彼の手持ちの小遣いでも買えそうだ。
「店主さん、茶色は安いんですね。何か理由があるのですか?」
店主「この色は大量生産されているんだ。この国にいるとあまりピンと来ないかもしれないが、世界で一番多いのは茶色の目なんだけど、国外で目立ちたくない人がこの色をつけるんだ。」
少年はそういった年ごろなのか、着色瞳晶がとても気になるらしく、棚の前で何かを考えている。
「茶色を一組お願いできますか?」
店主「毎度あり。」
俺は500銅貨を支払う。
「ユリ姉に言う必要はないだろう。ともかく自分の分の買い物を終わらせよう。どの順番で買うのが楽かな?」
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