第6話<加護>
「指が痛い。」
ユリ「ほら、あと少しですよ。」
買い物終了後、彼の手には左右合わせて10個の買い物袋がぶら下がっていた。一方で彼を誘拐犯した女の手には空気しかぶら下がっていない。
「ユリ姉が持った方がよかったんじゃ。」
ユリ「あら、私のようなか弱い乙女にそんな重い物を持たせますか?」
「か弱い?乙女?」
彼はいぶかしんだ。
ユリ「何か言いましたか?」
漸く夕日で赤く照らされた玄関が見えてきた。玄関の脇には桜の木が立ち花が散り始めていて風流ではあるが、今の彼にはそんなことを考えている余裕はなさそうだ。
「あと、ちょっと、あと、ちょっと・・・。」
袋が食いこみ、指が変色している。
そんな彼が漸くたどり着くと玄関が勝手に開いた。
「ん?」
ケイゴ「・・・・・弟よ。今日だけは俺の卵焼きをお前に分けてやる。」
そこには物凄くばつが悪そうな顔で剣聖様が立っていた。
ユリ「あら、ケイゴ様。ありがとうございます♡お優しいのですね♡私、腕が痛くて大変だったんです♡先に台所に行っていますね。お坊ちゃま、買い物袋は居間までお願いしますね。」
ユリは赤眼の少年を追い抜き一人で家の中に駆け込んだ。
「ケイ兄、本当に本当にあの人でいいの?」
彼は静かな声で己の兄に問う。
ケイゴ「ああ。美人だからな。」
「・・そう。」
-彼が封印された記憶に触れようとしています。重要事項にはノイズが付加されます。-
テルーオ歴■■■■年■■月■■日
灰色レンガで作られた部屋に男女が対峙している。
女「ねえ、その目はどうしたの?」
女はスレンダー体型で白いドレスを着ているが顔はぼやけ髪色すら分からない。
男「着色瞳晶で変えています。建前上、俺は死んだことになっていますので・・。」
男の方はがっちりとした体格で剣を携え黒い軍服姿であるが、女と同様に顔の特徴は分からない。
女「確かにそうなんですけど・・。私は貴方の■■瞳は大好きよ?貴方の■■目を見せてはくれませんか?私の■■■?」
女が男の顔を下から覗き込むように伺う。
男「そ、そのように可愛い顔で可愛い仕草をされても、だ、ダメなものはダメです。これは貴女様の為です。」
女「私の近衛兵は頑固ですねえ。でも、困りましたねえ。貴方が普通の瞳になってしまうと変な虫が寄ってきそうです。」
男「虫?」
女「ええ。私の唯一にちょっかいをかける糞メス共です。困りました。」
男「貴女様にそう思われる唯一とやらは世界一の幸せ者でしょうね。」
女「本当に困りますね。早く私を食べて欲しいものです。」
男「コ、コホン。」
女「ねえ、■■■。」
男「はい?」
女「接吻までは許可しますが、肉体関係はダメですよ?良いですね?」
男「貴女様は一体何を想定なされているのですか?唯の薪の買出しですよ?」
女「質問に質問返すとは感心しませんね。で?お返事は?」
男「接吻もしませんよ。心に決めた人以外とはしたいとも思いません。」
男は女を凝視しているようである。
女「・・むう。」
男「では買出しに行ってまいります。■■■■様。」
女「努々、化けネズミも忘れなきよう。」
男「ククク。分かっておりますよ。」
テルーオ歴4998年4月13日
「うん?変な夢だな。灰色のレンガの壁に床・・どっかの城か?何故か人物の顔や容姿が思い出せないが・・。まあいい、今日も学校だ。」
彼はいつも通り支度をし、朝食をとり、家族に挨拶をし、家を出た。本当にいつも通りだ。
小太りな男の先生「・・偶に現れる勇者は訓練次第では他の始原の加護固有スキルを除く戦闘系の全スキル、魔法を使うことが出来る。災厄についてはまた別の日に詳しく取り上げる予定だが・・・。」
数刻後、彼は木造の建物中で加護という授業を受けていた。
「・・・・。」
先生「ここまでのところで質問はあるか?」
**「「「はい」」」
複数の手が挙がった。彼も聞きたいことがあるのか手を挙げている。
先生は教室を見回し、ある女子生徒をさした。
先生「じゃあ、ワタナベ。」
ワタナベ「加護というのは判定の日に神より授かるものなのでしょうか?それとも生まれた時に元々頂いていたものが文字通り判別されるというだけなのでしょうか?」
先生「いい質問だ。加護の種類によって異なる。」
ワタナベ「と、言いますと?」
先生「いわゆる普通の加護、例えば兵士や鍛冶屋、魔法使い、占い師等は判定の日の前でも適切な訓練を積めばスキルを発動できる。しかし、始原の加護と呼ばれる4つの加護については判定の日以前にその専用スキルを発動できたという記録はない。」
「ケイ兄は判定の日の前に通常の兵士のスキルを撃っていた・・か?記憶があやふやだな。」
彼は小声で独り言を言っている。
ワタナベ「分かりました。ありがとうございました。」
先生「うむ。他にいるか?」
いつの間にか彼以外は手を下していた。
先生「じゃあ、ニノマエ。」
「スキルというのは何を代償に発動しているのでしょうか?」
先生「・・・。対価はないと言われている。」
先生は一瞬間を開けた後に回答した。
「え?」
先生「過去の偉人達が様々な実験をしている。まず兵士の基本スキルにドゥオブロという二重斬撃があるが、これは2連撃ではなく、本当に寸分の時間差もなく2重の斬撃が発生している」
「それはどうやって確かめたのでしょうか?」
先生「被験者に赤いインクを塗った細い木の枝で鉄の板にドゥオブロを撃って貰うという至極単純な実験だ。ガイラスの実験という有名な実験だから知っている者もいるかもしれないな。」
「結果はどうなったのでしょうか?」
先生「鉄の板に2つの赤い跡が付いて、木の枝は折れた。」
「つまり?」
先生「もし普通の2連撃なら最初の一撃が当たった時点で枝が折れ2撃目は発生しない。要はインクの跡は1つだけになる。それが二つだということは枝が何らかの原理で二か所同時に攻撃したと判断される。」
「物理法則から外れているような気がします。」
先生「そうだ。スキルは物理法則に従わない。例えばドゥオブロを1万回使うのと唯の袈裟切りを1万回するのとでは体力の消費量はほぼ同じという実験結果もある。」
「外から何かエネルギーが供給されている?」
先生「当然そう考えた先人もいた。鉛の壁で完全に外部と遮断された密室でスキルを体力の続く限り使用し続けるという実験もされたが有意な差は無かったそうだ。」
少年は納得できないのか眉をひそめている。
先生「納得してなさそうだが、今はそういうものだと思ってくれ。俺もお前ぐらいの時に同じような疑問を抱いた。未だに疑問は解けないがな。何せ神の加護だ。」
「・・・。ありがとうございました。」
先生「さて、他に質問がないなら次に行くぞ・・む?今日は時間がないか。じゃあ宿題を出そう。」
**「「「え~~!?ニノマエ~!!お前のせいだぞ~!!」」」
「え?俺のせい?」
先生「元から出すつもりだったから安心しろ。」
**「全然、安心できません~。」
先生「勇者が使えるようになる魔法全てとスキルの一覧表を作ってもらおうか。一週間あればできるだろう。」
**「要はルミオ神とマルモ神の加護のほぼ全部じゃないですか~。」
「単に一覧表作るだけならそこまでじゃないだろうけど・・・。」
先生「もちろん、各スキルの説明もつける様に。」
**「・・・・・。」
先生「絶句するほど嬉しいか?それは良かった。定期考査に出すつもりだから真面目にやれよ~。」
「先生、ファリオ神の加護は・・?」
**「おい、ニノマエ、余計なこと言うな。」
先生「ファリオ神の加護は別の機会の課題とする。生産職は数が多いからな。」
**「ふう。危ねえ。」
授業終了の鐘が鳴った。
先生「今日の授業はここまで。宿題は一週間後迄な。」
入学式で隣りにいた眼鏡「なあ、ニノマエ。どうする?」
「やるしかないだろう。ヒデ。」
ヒデアキ「だよな~。」
「放課後に図書室でやるか?家だと誘惑が多いだろうし。」
彼は昨日のことを思い出しているのか顔を少し顰めている。
ヒデアキ「そうだな。」
ワタナベ「ねえ、ニノマエ君達。」
「ん?」
ヒデアキ「!!」
ワタナベ「ねえ、宿題一緒にしない?」
「俺は別にかまわないが、ヒデはどうだ?」
ヒデアキ「もちろん、大丈夫だ。」
ヒデアキは食い気味に答える。
教室内にはグループでやろうか相談している者、自力でやろうとする者、どうにかサボろうと画策するもの、鼻からやる気が全くない者と様々だ。女子はグループでやる人が多いようだ。
「ワタナベさんだけか?いつものご友人は?確かコバヤシさんだったかな?」
ワタナベ「あ、それは・・」
教室内にはコバヤシという女子生徒が居ない様である。
ヒデアキ「そんなのどうでもいいだろう?ニノマエ。」
「そうだな。変な事を聞いた。ともかく放課後図書室に集合しよう。」
「ショウジ君。ありがとうね。」
ヒデアキ「・・・。ま、まあ、いいって事よ。」
ヒデアキはワタナベのセリフに刹那、苦虫を噛み潰したような表情をした後、苦笑いした。
「じゃあ、始めようか。二人とも。」
ヒデアキ「えっと、ワタナベさん、よろしく。」
ワタナベさん「よろしくね。ショウジ君。」
「ヒデの席はワタナベさんの隣にしておくか。」
彼は小声で独り言を漏らした。
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