第47話 巡礼地3

 四人が表に出ても車は並木道にある広場に駐めて来て、この店の駐車場には徒歩で来て此処にスカイラインはない。そこで茂宗は車のキーを預かる兼見に此処まで車の配車を頼んだ。

「お父さん、見飽きないからどうせなら車を置いた場所まで天気も良いから歩いたら」

 深紗子がもう少し此のメタセコイアの並木道を歩くのを勧めた。それほど茂宗に取っても初恋の想い出が染み込んだ場所だけに、此処が一番の決断を見極めるのに相応ふさわしいかった。 

「お前達にはそうかもしれんもうが、俺は見飽きた」

 見飽きたのでなく、もう見るのに堪えられないのだ。

「何を言うのよ。これはいつまで経っても見飽きる風景じゃないわよ。それに耀紅ようこさんが気に入った景色なのに……。車まで歩けば」

「そこだ。そこなんだ。未練は一番想い出の深い場所で断ち切らないと付きまとわれる。その為の巡礼なんだ」

「じゃあ尚更じゃないの、そうでしょう輝紅てるこさん」

「深紗子さん、あなたのお父さんから伺った電話では、姉の想い出を抱えるには四十年は長すぎたのよね、いえ、断ち切れなかったのよね」

「だから美由紀にすまない」

「深紗子さん。美由紀さんってどんな人なの?」

「此処までの話だと、お母さんは耀紅ようこさんに似てると思う」

「そうなの。それじゃあお母さんはお気の毒ね。いつまでも引っ張ってゴメンナサイ」

 輝紅てるこは姉に代わって許しを請うように語りかけた。

「それはもういい。とにかく兼見、此処で待ってるから車を取りに行ってくれ」

 兼見は深紗子の了解を得てからこの場を離れた。

「お前みたいな気性を的確に見てくれるのはあの男しか居ないぞ」

 と茂宗は彼の後ろ姿を見て娘に言った。

「でも、それならどうして寺島結希乃さんに合わないの」

「だからもうけじめを付けたんだ。もうずるずると引き摺らせないでくれ。何処どこかで思い切らないと捨てた未練が未練となって今もこの胸に消え残る」

「お父さん。それって浪花節なの」

 そうだなあ〜。と茂宗は照れ笑いを浮かべると、キチッと生真面目に輝紅てるこさんと向かい合った。

「娘に浪花節と言われようが、同じ境遇を持つあなたには解ってくれるでしょう」

「同じ境遇?」

 訊くところに依ると霧島慎吾さんは、あんたと娘の陽子さんを護る為に自殺した。同じ様に最愛の耀紅ようこも私の為に身を投げた。その死を無駄にしたくないと謂う同じ想いを引き摺れば再婚なんて考えられない。でも耀紅ようこの面影を宿した人に巡り会えば、輝紅てるこ、さんだって慎吾さんの面影を引き摺るような人に出会えば、もう過去とは決裂しなければ未練を断たないと申し訳ないはず。私も美由紀の為に過去を振り返らない。と、その覚悟をしたのが今なんです。

 丁度この時、駐車場に日産スカイラインRS昭和五十八年式セダンタイプが入ってきた。

「ウッ。このタイミング。で、来るか。あいつを店長にした俺の目に狂いはない」

 父を見た深紗子は、偶然だと割り切った。そんな深紗子を振り切って、耀紅ようこが迎えに来てと熱望した愛のスカイラインは、今は、父でなく兼見の運転で三人の前にピタリと止めた。この以心伝心が父の決断力と深紗子は思った。

「気合が入って、ずっとマニュアル車を運転していたような止め方だなあ」

 と運転席から降りてきた兼見に声を掛けて、ドアを開けようとする彼に「兼見、お前は店長であって俺のお抱えの運転手じゃない」と社長自らドアを開けて後部座席に乗り込んだ。それにもう此の車は巡礼が終われば持っている意味がない。決断した以上は廃車にするか、誰が希望者に譲る。

「お父さん、そこまでするの」

 お母さんは、最近の車はスターウォーズのダースベイダーマスクの様な厳めしい顔づらばかりの車で嫌気をさしている。それに比べて愛のスカイラインと呼ばれるだけあって愛らしい面構えが最近気に入っていた。そうだなあ、何で最近はあんな厳めしい車が増えたんだろうと、父も気に入らないがそれでも手放す。

 車が動き出すと寺島の実家は近い。そこで深紗子はもう一度念を押した。寺島さんに会って耀紅ようこさんの最後を聞くべきだと。

「深紗子、いつもアッサリするお前にしては珍しい。何故なぜそこまで拘る」

「先ずお父さんのバイク仲間の浅井さんに伺ったの」

彼奴あいつとは歳が離れすぎて俺の同級生を知らないはずだ」

「でもひとつ違いの薪美志聡叔父さんなら知ってる」

「弟は別れしなに一切口外しないように頼んだ」

 でも四十年も経てば時効だ。それで仲が良かった浅井が話せば叔父さんは喋った。

 あの後に高島のホテルでその前後の五年間に卒業した同窓会を開いた。そこで叔父さんは耀紅ようこさんの親友と名乗られた寺島結希乃さんと出会った。此の時は結婚して東京で子育ての真っ最中で、とても家を空けられないのを無理をして来られた。それはお父さんか、もしくは妹の輝紅てるこさんに会えるかも知れないと思ったからだ。勿論その真意は親友の最後を伝えたかった。それが寺島結希乃さんの親友に対する勤めだと思って、家事も育児も投げ出してやって来た。でもどちらも消息不明でがっかりして帰られた。その話を叔父さんから聞いた以上は、それでもお父さんは会わないのか問い詰めた。

「お父さんがお母さんに見せたのは、けじめでなく、それは自分への戒めに過ぎないと思うけど、此の車を棄てる決意と寺島結希乃さんから最後の想いを知るのとはちゃうでしょう」

「だから俺は寄らない、いや、寄れないだ」

 と、もうこれ以上は一線は越えたくない、越えられないと突っぱねた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る