第41話 巡礼

 社長の東京出張命令で翌日にはやっとディスカウントショップに出勤した。此の二日間特に店内や得意先にも問題は発生していない。やれやれと本腰を入れて商品の売れ具合を調べている。二日留守にして気になるのは生鮮食料品だ。痛み具合の烈しい物は直ぐに入れ替えないと見て回ると本社から呼び出しを喰らった。

 エッ! 今日帰ったばかりなのにまた社長が、と直ぐに河原町五条のテナントビルに向かった。三階の本社フロアーに入ると、受付には此の前サンドイッチを差し入れしてくれた事務員に目が留まる。

「昨日までの出張はどうでした」

「出かけのサンドイッチはありがたかったでした」

「ああそうですか、帰られて早々でお疲れ様です。奥の社長室でお待ちです」

 と急かされたが、行きしなに「お客様以外はお茶は出さなくて良いですよね」と言われてしまった。内々には違いないが俺だけお茶なしか。それにしてもお世辞にも愛想が有る喋り方をすれば結構人気が出るのに、と思いながら奥の部屋へ入った。

 低いテーブルを挟んで向かい合うソファーの向こうに対面する社長が見えた。こちら側に座っているのは、なんと昨日会ったばかりの輝紅てるこさんだ。 

「君の事は娘から事後報告受けてゆっくりしてもらうつもりだったが、早速来られたので同席を頼んだのだ。まあ座ってくれ」

 輝紅てるこさんにも、わざわざ東京まで足を運んでくれた礼を言われた。

 昨日とは打って変わって、かなり親しげに話されて印象が変わった。いったい此の二人は一昨日おとといの四十年ぶりの電話で何を話したのか、そんな簡単に氷解するものなのか、それともずっと胸に溜めていた姉への共通の思いがあるからこそこんなに早く通じたのか。それはいったいなんだ。この場で説明してもらえるのかと兼見は期待して座った。

「三月三十一日、あの日は私が東京へ行く予定だったが、二人にはそんな予定はなかった」

「それはいつから決めていたのですか?」

 輝紅てるこが訊ねた。 

「一週間ほど前かなあ? 真剣になったのは大学に私が受かって耀紅ようこが落ちたと解った二月の中頃か。とにかく私は大学に行かないと決めたんだ。住み込みじゃあ耀紅ようこと一緒には住めないから、収入が安定してアパートが見つかれば迎えに行く約束で、それまでは週の休みに大阪で会う約束だった」

「その最初の予定日にあたしが会いに行ったの」

 と彼女は兼見に言った。

「もうその話はいい。それより亡くなる前の話を聴きに輝紅てるこさんは此処に来たんだ」

 特に前日の話を詳しくは聞きたいそうだ。だからお前は余り口を挟むなと言いたげだ。それじゃあ店をほったらかしてなんで呼ぶんだと、不満たらたらなのがおもてに出たのか「まあ聞いておけ、娘にはもう話した」と言われてしまった。

「在学中は寺島さんが手紙を配達してくれたが、春休みに入ると輝紅てるこさんの世話になったからだいたいは解るでしょう」

「それは外で落ち合う日だけで手紙を見ないから場所までは解らなかったんですもの」

 一番気になるのはいよいよ大学の寮に入る日が近付いた三月の終わり頃の様子を聞きに来たようだ。あの日は一番想い出に残りそうな場所は矢張りあのメタセコイアの並木道だった。バイクで走るにはまだ寒かったがその分、観光客が少ないから走りやすかった。スピードを落として余り飛ばしてないのに、なぜが後ろからいつもよりしっかり抱き留められて、彼女の切なさを実感した。

 並木道の外れで二人は降りたバイクを眺めた。

「しげちゃん、ほんなら此のバイクに乗るのは今日が最後やね」

「ああ。駆け落ちするのに持って行かれへんし、それにあの神社を継ぐ聡にやる約束したさかいなあ」

「明日からさとしちゃんが此のバイクに乗るんか、そんなら内は他で見付けたらしげちゃんを想い出して寂しゅうなる」

 耀紅ようこは少ししんみりした。

「その代わり迎えに来るときはこんなちっぽけなバイクでなく車や」

「ふぁー! ほんと、どんな車」

「言うのんただや、好きなん言うて」

 そやなあと彼女はちょっと落ち込んだけど直ぐに気を取り直して「今、テレビで宣伝してあのケンとメリーの車や」

「愛のスカイラインか」

「そ〜や、あのケンとメリーの愛のスカイライや、……けど、高いなあ」

「そやさかい言うのんただや、よっしゃ、ケンとメリーの愛のスカイラインか解った。その車で耀紅ようこを迎えに行ったるで」

 その前に住むところ早う探してーと言われてしまった。

「茂宗さんはそうして最後は姉と楽しく過ごしたのにどうしたんやろう」

「そこやが、最後はマキノ駅になってしもた」

 こんな遅うまで引っ張ってしもて今晩泊まるとこ大丈夫? なんて心配したけどこんな田舎とちごて大阪は夜通し人の絶へんとこや、直ぐ見つかる。それより明日には住み込みの働き口を見つける、と逆に彼女にいらん心配を掛けんようにしたのに……。

「話聞いたら姉の自殺の原因が分からんようになってしもた」

 そうですね、と言ってから社長はなにかを躊躇ためらっていた。

「どうしたんです。社長ッ、なんか他に思い当たるものでもあったんですか」

 ウ〜ンと唸っていると事務員がドアをノックした。我に返ったように茂宗が顔を起こすと「深紗子さんがお迎えに来ました」と言われて直ぐに行くと返事をした。

「ハア? なんですか、何処へ行かれるんです」

「これから巡礼で輝紅てるこさんと一緒に葛籠尾崎へ行く」

 それではと暇乞いをすると「お前も一緒だ」と付き合わされた。此の二日間での店内の決裁書が溜まってると言っても後回しにされた。



 

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