第32話 陽子3
アンチティークな凝った作りだ。限られた空間に一千万以上が生活する場所は、おのずと高層化する。洗練されたコンクリートジャングルでは、こう言うレトロな物がすさんだ心に浸透するのか。
「この懐古調の佇まいでは、
「それは正茂さんから良く聞かされました。お母さんに一途な処に根負けしたとか……」
見たところ彼女には、それほど我を通す人には見えない。いったい正茂は此の人の何処に今までの強い精神を崩される要素が備わっているのか、一見しただけでは判らない。
化粧も薄い口紅でアイラインも引いていない。第一に細く目許の引き締まった瞼に、鼻も高くはないがしっかりした鼻筋だ。服装も普通というか少し地味だ。馴れない大都会のごった返す此の町並みで、度々振り返るたびに、洗髪されて揺れる長い髪を気に掛けながらも、洗練された足並みで此処まで導いてくれた。正茂がどんなアドバイスをしてもこうはいかない。
「此の混雑ぶりにはうんざりしますね。第一にJRの十何両もの連結された電車には驚きました。しかもそれがジェットコースターみたいに、高架を上がったり下がったりしたかと思えば、堀の直ぐ上や横を通ったり。駅に至っては幾つものホームが複雑にあり、よくもまあ行き先を間違えずにちゃんと電車がホームに入って来るから感心しました」
「あら、そうかしらJRの十両以上の電車は関西でも走っているでしょう」
「長い車両のまま電車が走っているのは京阪神間だけで、殆どが途中で直ぐに切り離されて仕舞います」
「言われてみればそうね、正茂さんも、最初は目を白黒させてしもたって言ってたけれど、もうすっかり慣れて、もう此処に居着く段取りをしてますから」
「そうさせたんですか」
「なるほど」
彼女は警戒するように目を鋭くパッと輝かせた。
「それで兼見さんはいらしたんですよね」
彼女の大らかさが成りを
「正茂をあたしから奪うんですか」
「そんな大層な話をしに来たんじゃないですよ」
「そうかしら、正茂はいつも大層に話してますもの」
「集落の守り神として薪美志神社を継ぐ話ですか」
「ええ、別にあの人でなくても良いんでしょう」
どっかの映画に出て来る話じゃないが、それを言っちゃおしまいだ。話が続かない。
「先祖を
「申し訳ないけど、内の家に仏壇はないんよ」
「あんたは二十代でもお母さんはもうええ歳やろう」
「ええ歳か、幾つをええ歳って言うんやろうなあ」
「でもお母さん四十代やろ」
彼女は寂しく首を振った。
「五十代後半、もう直ぐ還暦かも知れん」
「えらい歳で、君を産んだんやなァ、まあ、それでもご先祖を敬うのに御墓参りするやろう」
「夜逃げした一家にそんなもんない」
ウッと兼見は声を詰まらせた。この子も正茂に似て何処か関西なまりがある。
「霧島さん、生まれは東京やないんか?」
「東京やけど母は関西の生まれです」
聞けば霧島陽子は、母のお腹の中に居た頃に、関西から東京に出て来て生まれた。それは母の二回目の夜逃げだった。一回目は高校生で二回目が三十代の終わりだそうだ。
「お母さんが二回も夜逃げしたのか」
「
それではご先祖を敬う気にもなれんどころか、反対に恨むやろうなあ。だけどそれで、何処かで人生の歯車が噛み合わなくなったんか。その切っ掛けを作った者が居れば、トコトン呪うか、果ては打ちひしがれてしまうか。
「一回目は四十年前やさかいうちは知らんけど、二回目は事あるごとに言い聞かされてもう耳にタコが出来てしもた」
「その苦労話を正茂さんの親に
そう言うと陽子は「ほんまか、ほなら
母は大阪で
「その宗教団体から逃れる為なんか」
「寄付でなく
「四十年前にあんたのお母さんのお姉さんが自殺したんか。……陽子さん、ひょっとしてお母さんのお姉さんは、あなたと同じ名前やけど、漢字では
そうやと白状した。
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