第33話 陽子4
伯母からその名前を受け継いだ陽子は、実に気怠そうに応えてくれた。彼女は全てを知った上で一人で会いに来た
「処でどうして、会ってみる気になったんです」
「俺を説得するためにわざわざ滞在費まで使って来てくれたんや、会うだけはおうて見たらと言われたさかいに来た」
「それでどうして正茂にそんなに関心もつんや」
「別に関心を持ってません」
嘘吐け! 正茂はあんたのお母さんを思う一途さに参ったと言っている。
「あんたが無関心な女やったら、何でそこまで押し付ける。無関心ならそこまでせんやろう」
「別に正茂にはそうせいとはいいません」
「でもそうするように仕向けたんやろう」
それは結果論だ。
「もう一度聞きますが、
「正茂と一緒に此処で暮らしたい」
「それだけなら、別に彼の実家でも良いでしょう」
「それは母が許さない」
「
根源は此の人でなくお母さんか。だとすれば相手が社長だと火に油を注ぐのか。いや、待て、茂宗当人の方が一番に心に響く、それに堪えられるだろうか。
「お母さんの
陽子が生まれるまでは、お姉さんの自殺につけ込まれて変な宗教団体の誘いに乗ってしまってそれどころじゃなかった。そこから再び不幸の坂を転げだした。それに必死に歯止めを掛けようと姉の名前を付けた陽子を夢中で育てた。そこに何か
「霧島慎吾さんと一緒になったそうですが、お父さんはどうしました」
「あの後、亡くなりました」
ウ〜ンと兼見は
「伯母と同じでした」
何でも生命保険を掛けて、自殺の時効が切れて陽子を頼むと言い残したそうだ。
「そのお金で何とか凌げました」
「そうか、それでお父さんは伯母さんの自殺の原因は知っていたんですか」
「ハッキリとは聞かなかったけど知っていた」
だから火を掛けて夜逃げした。そうでなければそこまでしないと言い切った。
「あたしからも聞きたい」
「
「あなたのお義父さんになる人はどんな人です?」
聞いて
「とにかく口数の少ない人だが、それを受け容れ易いように日頃から転ばぬ杖のように周到に用意してくれる。だから勘違いしない社員はみんなついてゆく。それでお母さんから聞いたイメージといくらかダブっているだろうか?」
これには意外そうだ。
「でも、もっと具体的な話でなければ掴みにくいと思いません?」
「それもそうだが、あの義父はひと言では言い表せない」
「じゃあ娘さんはどうなんですか」
「いや〜あ、こっちは積もる話が一杯で、とても此処では語り尽くせない」
「結局、どちらも言葉にならないんですか。それでよく叔父さんの依頼を引き受けたんですか?」
「と言うか、一緒になる人は深紗子って言いますが。その人の強い意向で引き受けたと言うか、深紗子さんの代わりをさせられたんですよ」
「母が知りたい人は薪美志茂宗と謂う男だから、正茂からあなたはその男の義父になる人だからこうして聞きに来たのに……」
とこれには彼女は怒りを通り越して落ち込んだ。
そんなあなたに、母が何であたしの名前を陽子にしたのか、あなたには判らないでしょうとまで言われてしまった。
「でもあなたのお母さんにはもっと別な深い意味がありそうだが、
「そうかも知れないけれど、そこまで追い詰めたのは誰なんです」
「追い詰めたのは
「愛しすぎた?」
「そう、盲目の恋。全てが欲しいと探求した結果だ、と思う」
「それがどうしてあんな結末を迎えないとあかんの?」
「無垢な彼、そのものを好きになると、彼を取り巻く経歴や肩書きが一緒になろうとする思いを阻害する、何も要らない若すぎる二人には、そんなもんが邪魔で目障りに思えて来たんやろう。そもそもどうしても神社の後継ぎに拘った、か、そこが一番の悲劇を生む起点だから」
拘るなと言うのは彼には酷だ。そのため生まれ育て宿命を背負わされて、他の考えに固執する時間のないままに
「全てはシェークスピアのロメオとジュリエットじゃないけれど、周囲の観念的な物に振り回された結果が導いた悲劇だ。そう思えば茂宗も被害者だと考えれば、あなたはもっと広い視野で世間を俯瞰して見れば、その考えの愚かさが身に染みるはずだ」
「ええッ、伯母は愚かだったかも知れませんッ、でも兼見さんがロメオとジュリエットに
とここまで陽子は一気に捲し立てた。
「でも母はシェークスピアの様には考えていませんよ。もっと屈折したものを考えてますよ」
ここまで言っても長年、母から受け継いだものが、そう簡単に切り替えられない、紆余曲折した心の襞をまざまざと見せ付けられた。おそらく正茂も……。
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