第26話 薪美志正茂
ここ暫くは仕事もゆっくり出来なかった。休日に至ってはせっかくの休みも社長の家に呼ばれてほぼ半日を棒に振った。今日は落ち着いて仕事が出来ると、店長室に各仕入れ担当者を呼んで経過報告を聞いていると社長から本社に呼ばれた。
またか、何でだ。深紗子さんと一緒に社長の親族を確かめて、まだ他にあるのか。しかし自宅でない。本社なら仕事の話だろうとホッとして向かった。人を待たしているから急いで来るように言われた。内の店で扱って欲しい品物を本社に直接持参したのかも知れない。ディスカウントストアーだから扱っている商品は多種多様だ。だがもう殆どの商品を兼見は開拓して取り揃えている。今更ながら飛び付くほどの商品は見当たらない。それより此の前は、社長の初恋を深紗子さんから聞き出して欲しいと頼まれた。その割にはお茶のお代わりを無視されて彼女に冷笑された。あれはわざとらしいが、社長の前で見せただけで、彼女の本音では無いと判っていても、気持ちのいいもんでは無かった。元来、彼女は純粋でありながらも、それを表面化すことを好まずに、もっぱら相手の心を引っかき回すのを常として多くの人を惑わしてきた。それでも少なくとも兼見に至っては、表面上は引っ掛からなかった。それが彼女としては面白くない。遊び半分で兼見に接触する内に心まで嵌まり込んでしまった。それゆえつれなくされても兼見は態度を改めること無く彼女に今まで接している。まして今回の一件では、彼女と二人で社長の意外な一面を知り、これで彼女との絆を深めたと兼見は自負している。
河原町五条の一角に五階建てのテナントビルがある。その三階がディスカウントショップを扱う薪美志茂宗の本社ビルだ。このビルは各フロアー自体そう広くない。三階にはもう一社入っていた。エレペーターを降りるとすぐ前に別の商社のドアがあり、その前の廊下を奥に行くと薪美志の本社がある。全面に社名のロゴが入ったドアを開けた。直ぐに立ちはだかるカウンターの向こうに、事務机が所狭しと並んでいたが今日の事務員は五、六人だ。カウンターに沿って奥が社長室だ。事務員は兼見の来訪を告げて奥へ通された。
社長室は大きな机がひとつと、その前に応接ソファーの三点セットがある。こちらに背を向けている人は分からないが、向かいに座る社長から待ちかねたように席に勧められた。が応接セットはガラスのローテブルーを挟んで三人掛けのソファーが向かい合っている。まさか社長の横に座るわけにも行かずに、戸惑うと手前に座っている人が席を横に譲って初めてわかった。社長の向かいに居たのは叔父さんで、宮司の薪美志聡さんだ。背広姿で全く気が付かなかった。聡さんと軽く挨拶を交わして隣へ座った。
「わしの消息が解ると、聡がさっそく訪ねてきてえらい相談事を持ち込まれたんや」
座ると社長は待ちきれずに切り出した。
「新しい商品開拓じゃあ無かったんですか」
エッ、まさか。まだあの余韻を引き摺っているのかと兼見は身構えた。
「それより大変なこっちゃ」
先ず兼見にも、もう一度説明するように社長は促した。いずれ早かれ婿養子に成るのを知っている聡には、何の違和感も無く説明した。
先ず聡には一人息子の
説明の間に事務員がお茶を淹れ替えた。そのお茶もなくなった頃に聞き終えた。
「それでわしの甥の正茂は大学近くの渋谷の古びたアパートに今も住んでいるが、同じ若いもんが様子を見に行った方が正茂も警戒心が無いやろうと思って深紗子に頼んだが断られた。それで後はお前しかおらんと呼び出したわけや」
言っている意味はわかるが、何で俺がわざわざ仕事を置いて行かなくても、それぐらいなら東京で営業している調査会社を探して頼めば済むはずだ。これには叔父さんも息子には相当気を付っていた。なんせ兄が失踪して後を継いでもう四十年の月日が経ち、兄のこともあり、すんなりと息子に継いでもらう為に今日まで自制してきた。だが兄の消息が判り、こうして会えばじっくりと息子の様子が調べやすくなった。そこで第三者より身内に頼むことにした。兼見にすれば都合よ過ぎる。まだ身内で無く、あくまでも気まぐれな相手と結納を済ませた婚約者に過ぎない。
「それでわしとこに相談に来た以上は昔の借りを返さないわけには行かない」
先日、失踪話を聞かされた身には当然だ。
「それは社長命令ですか、それとも義父としての頼みですか」
とは言うものの、結納を交わしただけで都合良く、もう息子同然に頼まれても、相手の深紗子さんは、結婚に関してはのらりくらりと話されている。本心は揺るぎないと思うが、こう誤魔化されると掴み所がない。それ以外ではドンドンと別な話が進のは痛し痒しだ。
「しかし……、まだ正式には薪美志家とは何の繋がりもないんですけれど……」
「今更ながら、それほど拘る事はないやろう」
拘る! 社長、いや義父も、その
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