第19話 耀紅
寺島結希乃の嘆きはそこにあった。
切っ掛けは耀紅が遅刻しかけて、マキノ駅に向かって急ぐ彼女を偶然見付けて駅まで乗せてもらった。が間に合わず、通学でのバイクの二人乗りは禁止されて、学校近くで下ろしてもらった。それが切っ掛けで二人は付き合いだした。
「いつも行き違っていたのよ。だって茂宗さんがマキノ駅を通るのは耀紅の乗る電車が行った後だから、遅刻しない限り絶対に出合うわけがないのよ」
「それじゃあ耀紅さんはたまたまその日、初めて遅刻しそうになったの」
「そう、それが耀紅の運命を変えたのよ。まあ、もっともそんな先の事なんて誰も判らないけど」
今となっては、寺島は此の出合いには相当複雑な思いで語った。耀紅はその日の帰りは直ぐに駅に行かずに、ずっと茂宗さんのバイクが通るのを待っていた。朝は慌ただしく学校の手前で下ろしてもらったから、今朝のお礼をどうしても言いたかった。茂宗さんのバイクを見付けると、道路脇から手を振って止まってもらい、そこから駅までバイクを押しながら二人は歩いてお喋りしたそうだ。
「それって初めて?」
兼見の問いに頷くと、深紗子が何を話したのかと直ぐに訊ねた。
「どうしてバイク通学なのかと聞いて、それから茂宗さんがあの半島の突端の集落に住んでると判ったのよ」
そこは余り人の出入りのない集落で、勿論閉ざしているわけではない。ポツンと隔離された場所だ。桜の咲く時期に花見とか、あとは気晴らしに奥琵琶湖を眺める以外は、親戚筋でも余程の理由がない限り立ち寄らない場所だ。人の往来が少ないと問題がなくても余計に行きにくい。
「だからみんな良く知らないのよ、それで耀紅が色々聞いてるうちに近江今津駅に着いて、その日はそれで別れたけれど、彼を待ち伏せしたのはそれ一回切りだったのよ」
「単なるお礼だけで終わったんですか。学校の近くから駅まで一緒に歩いたのはその日だけですか……」
兼見はあの社長にしては、がっかりしただろうと推測した。
「それから数日後にこっそりと校内ですれ違ったときに、耀紅は紙切れを渡したのよ」
エッ! それってラブレター。
二人は思わず声を揃えた。
「ウ〜ん、そうじゃなくてデートに誘ったのよ」
渡した手紙には此の前バイクに乗せてもらって楽しかった。またドライブに誘って下さいって書いたら、良いよって、またすれ違いざまに返事をもらった。
「なんか辛気くさいですね」
「だってまだ昭和六十年で、今みたいに携帯電話なんてないんですよ」
「あっ、そうか、じゃあ判らないようにするには相当苦労した時代だ」
「そうなのよ、すれ違いざまに紙切れを渡すだけでも二人は細心の注意を払っていたのよ」
それで最初のデートが耀紅の近くに在るメタセコイアの並木道。あそこは今ほど知られてなくて、知る人ぞ知る絶好のデートスポットだ。特に秋の紅葉は今では全国的に知られているが、当時は落ち着いて観賞できた数少ない場所だ。
「あれば紅葉の時期には凄いけど、今は枝ばかりで一年の内で一番なにもない時期だなあ」
「そうか、じゃあ帰りに寄ろう思ったけど残念ね」
これには兼見がそれ以上に残念がった。
「そんなことはないよ。整然と一直線の道路の両脇に一列に居並ぶ背丈の高いメタセコイアが葉を落として巨木の枝だけが血流のように天を突くように伸びた光景は迫力がある」
「でも行ってないんでしょう。そんな見てきたように取って付けた説明して」
「でもテレビで見たのをそのまま言ったまでだよ」
「あのアパートにある小さなテレビ画面で
「画面の大小より見る者の見方、観賞力だろう」
でも、まあまあ、とこれには寺島も呆れたようだ。
「凄いわねテレビ画面だけでも、それだけ批評出来るなんて」
近くに住みながらそう謂う見方もあるのかと寺島は感心した。
もうそれ以上は余計な事は喋らないように、と
「それで二人はどうしたのですか」
二人の遣り取りに寺島は少し微笑んで話した。
「二人はあの並木道をバイクで走ったのよ」
それはもう楽しそうに。それから耀紅はいつもバイクの後ろから、彼を抱きしめながら色々な場所を走ったと聞かされた。
「それはどれぐらいなんです」
「そうね、半年ぐらいかしら」
「叔父さんから聞いたんですけれど、四十年前に耀紅さんが父に残した遺言って有ったんですか。あるのなら知りたいんですけれど」
「その前に言っておきたいけれど、あたしの場合は離婚して判ったのですけれど。男って実に面倒な生き物なんだと知りましたよ」
「ハア?」
深紗子は
「アラッ、これから寄り添うお二人を前にして、余計な事を言ってしまったけれど、けしで茂宗さんには当てはまらないわよ」
此処で
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