第16話 葛籠尾崎の怪3

 浅井が父の失踪に関して知ってるものはすべて語ってくれた。これ以上は此処に留まる意味がなくなった。たとえ身を挺してもと云った言葉に嘘はないにしても、心の中まで踏み込めなかった。結局、浅井はそれほど父とは、深く付き合ってないと解った。

 父と関連性のある女性には違いないのに、その人の事を何も知らないのにも驚いた。いや待てよ、ひょっとして父は、今の母にも告げてないのなら、浅井を理解不足とは言い切れない。

 それでも此処で浅井は、相手の女性について精一杯語ってくれた。身投げをしたのは同学年の島崎耀紅しまざきようこと言う女性で、同じ近江今津おうみいまずに有る県立高島高校に通っていた。学校は一緒でも別々のクラスで接点は不明だが、三年も同じ校舎に居れば、その存在は顔見知り程度だろう。島崎耀紅はマキノ町に住んで、通学電車は同じ方向だが、茂宗はバイクで通学して、これも接触するには無理が有る。浅井が知る限りでは、二人の接点は見つからなかった。

 浅井から話を聞き終えると、此の前はバッテリー上がりでお世話になったお礼に、叔父の聡さんを訪ねた。叔父さんからは、浅井からそこまで話を聞いたのかと感心された。

「叔父さんも内の父と同じ県立高島高校に行ってたんでしょう」

「通学はしたが、兄とはふたつ下だから、一年は一緒に通ったよ。それでも兄にそんな彼女がいたとは知らなかった」

「父が失踪した当時、変な噂があったでしょう」

「変な噂」

「父の失踪した前後に、葛籠尾崎から一人の女性が身投げしたそうですね」

 兼見が訊ねた。

「ああ、それか、浅井さんはそれも話したのか」

 当時は失踪と身投げは別問題として扱って、この二つが、リンクしているとは誰も最初は思わなかったが、次第に偶然にしては出来過ぎていると判り噂になった。後で調べれば島崎耀紅の身投げの前日に、茂宗が失踪したのが問題視されたのだ。

「あれは入学したはずの大学から、ずっと来ていないと問い合わせがあって、俺も隠しきれなくなって兄は何処かへ行ったと告げた。なんせ集落の守り神として薪美志神社を継ぐ者の失踪だけに周囲は大騒ぎになったんだ。更に私も聞かされた日にちを云うと更に大事おおごとになった」

「それが島崎耀紅が身投げした前日と分かれば、それはみんな怪しむわよ」

 だから聡は、あの時は黙っていれば判らないのに、そうか、もっと日にちをずらせばと思った。聡にすれば神社の後を継ぐ覚悟をした以上は、兄の評判は落としたくなかったのだ。

「それでその島崎耀紅さんなんですが、浅井さんは良く知らないそうなんです」

 無理もない社会人として働いている浅井さんが、高校生の島崎耀紅を知るはずがない。そこで当時、同じ高校生として通学していた叔父さんなら少しは知っていないか、とかすかな希望を持ってやって来た。

「高島高校には一年間は同じ学校に通っていたでしょう。しかも義父はバイクでも叔父さんは電車で同じ時間帯なら見かけていませんか」

 当時、聡は兄のバイクで永原駅まで乗せてもらい、そこから近江今津の高島高校まで通学して、途中のマキノ駅から島崎耀紅は乗っていた。

「後から彼女の遺影を見て何度か顔を合わせていたのを知ったけれど、当時は兄貴の彼女とは知らなかったからなあ」

 これを聞いて、ここまで足を伸ばした甲斐がない、と二人は、ガックリと項垂うなだれてしまった。

「でもあの後で島崎耀紅の親しい友人が分かったんだ」

 エッ! と二人は飛び上がらんばかりに歓喜した。

「それで島崎耀紅さんについて知ってることを話してくれませんか」

「四十年ぶりか、完全に時効だなあ。判った。あのあとに高島高校の同窓会があったんだ。出席者を増やすために、あの当時の五年間の卒業生に、同窓会の案内状を出して高島市のホテルで催した。そこで島崎耀紅と深い交友を続けていた寺島結希乃てらしまゆきのさんと謂う女友達を見付けたんだ。どうも向こうも島崎耀紅と親密にしていた茂宗は無理としても、その弟に会えれば、なんとか少しでも消息が分かるのでは、と藁をも掴む思いで、同窓会に来ていたからお互いに積極的に捜した。もちろん真意は島崎耀紅の最後の思いを茂宗に伝えたかった」

 寺島結希乃にすれば、もう高校を卒業して他府県に行って、私の集落には来れずに忸怩じくじたる思いでいたから、同窓会の案内状を見て飛んで来たそうだ。

 だがその段階でも兄の消息は解らず、彼女はがっかりしてしまった。だから、お互いに連絡先を伝えただけだった。その時は既に彼女は結婚して、東京に居てわざわざ友達の遺言を伝えるためだけに東京から来たそうだ。

「それじゃあ、その東京の住所を教えてもらえませんか」

「それがなあ。此の前にあんたらに会って兄が元気だと判って、それだけでも伝えようと直ぐに連絡したが、数年前に離婚して今はいないとご主人に言われてしもた」

「実家に帰ったんだろうか」

 と兼見が訊ねた。

「それも聞いてみたが……。子供達も大きくなって別に所帯を持って、二人の子供は千葉と神奈川に今も住んでるが、それが、実に、申し訳ないが、寺島結希乃さんが訪ねた形跡がない。そうなんだ……」

 浅井さんから聞けなかったものが聞けると、細い糸を手繰り寄せて島崎耀紅と一番親しい友人の存在を知った時は、小躍りした二人も、これで完全に意気消沈した。

「取り敢えず寺島さんの実家はこの近くだから帰りに寄ってみてはどうだ」

 叔父さんは、ぬか喜びさせて申し訳なさそうに、二人には気休めのように友人である寺島結希乃さんの実家の連絡先と住所を教えた。



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