第15話 葛籠尾崎の怪2
伺った二人にはニュースの一場面のように写った。それは脳裏を変化球の様に横切り、呆気に取られた。
「それは事実なんですか」
と問う兼見を見て、深紗子はやっと我に返り驚愕した。今まで父を見ていた深紗子に取っては有り得ない世界の連続に強烈なとどめを刺された。
「その時に浅井さんはどう思ったのです」
これには集落の者達は表向きは平穏だが、内心ではどの家庭でも色めきだった。だがこれには時差があった。
「時差?」
と深紗子は変な顔をした。
「そう言った方が正しいでしょう」
さっきは茂宗の失踪した翌日に葛籠尾崎から身投げがあったと説明したが、これは後で判った。葛籠尾崎から身投げがあったのは四月二日で当時は茂宗は四月一日に大学の寮に入るために上京したことになっていたが、この日には茂宗はすでに失踪した。つまり大学の寮には入っていなかった。だが薪美志神社や周囲の者が失踪を知ったのは四月二日以降だ。それで身投げした女性と茂宗との関連性が噂されたのはもっと後なんだ。ただ当時は奇妙な出来事で、一部の当事者以外からは発展することはなかった。
「エッ、それではその日には別の所に行った。誰にも告げずに」
「いや、弟の聡にだけはその日初めて神社の後は継がないと言われたそうだ」
聡は
「じゃあ聡さんはその時に神社を任されたんですか?」
「父はいつ決めたの? そもそも神官を養成する大学の試験は受けに行ったの?」
「東京の渋谷にある
「その時、父はまだ神官になるつもりだったのね」
「一月の大学共通試験、二月の國學院試験に三月二日の最終試験を受けて三月中頃に合格が決まったそうだ」
「それではその合格が決まって四月二日の入学式前日まで父はどうしてたの?」
「矢張りバイクでツーリングですか?」
兼見が訊ねた。
「あの二週間ほどは茂宗に限らずみんなバラバラになるからなあ。思い切り無茶もする者も居たがみんな思う存分愉しんでいたよ、俺はもうとっくに社会人の仲間入りしていたから茂宗の好きなようにさせた」
「それで、あちこち走り回ったんですか」
兼見が訊ねた。
「今思えばあの時は飛ばしていたなあ。なんせカーブではスピードを落とさずに思い切りバイクを傾けて、それこそ膝を地面に擦り付けて擦り傷を作った事もあった」
「まあッ、危ないことしてたのね、転けたらどうするのッ」
深紗子の心配をよそに浅井は笑っていた。
「俺が後ろを走っているから心配いらないぜ。倒れたときは俺が後続車を身を挺して止めてやる」
「義父の一番苦しいときに浅井さんは楽しい想い出を作って上げたんですね」
「まあな」
今思えば、あの時あれほど、無茶に走ったのは、彼女の面影を抱きしめていたのかも知れない、と浅井はほとんど聞き取れない声で自分に言い聞かせた。兼見はそんな浅井の干渉に
「身を挺して、なのにどうして知らないんです。彼女がいたかどうか?」
あの時はそう見えたし、失踪する直前までそうだった。だが一人の女が湖水に消えた。この事実だけが残された者の心に重くのし掛かった。
「父はその女性と
深紗子も訊ねた。
「これは後でニュースで知ったのだが、身投げした女性は
「その人と父との関係は本当に誰も知らなかったのですかッ」
これには深紗子は浅井を不甲斐ないと思った。
「面目ない」
これと茂宗の失踪との関連は
そこで茂宗の失踪は、次第に彼女の意向より、後継ぎそのものに嫌気がさし、彼女を利用して集落から抜け出す事を考えたと決めるようになった。
「そんな勝手なッ。なぜ誰も見抜けなかった。弟さんまで欺いていれば、後継ぎをすんなりと引き受けられるか。少なくとも協力を当てにすれば尚更に打ち明けた上で同調を求めるのが普通だ。しかもそれでも反対されるリスクがあったにも係わらず、
「兼見さん、そうは言っても、あの時も、今も、そりゃあ真相は分かってない。それを重々承知の上で言って貰いたい」
「でも事実はそうなんでしょう」
深紗子が寂しく付け加えた。高校最後の春休みはバイクで走り回った。まるでもう俺たちはバラバラになる様な錯覚を抱いて。だが錯覚ではなかった。五分咲きの桜を愛でるまもなく、茂宗は失踪した。
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