第13話 浅井3
これには水嶋さんから事前に伺って予想した範囲内で何も問題はない。むしろ物事を幾ら単純に語っても人間としての心の複雑さは図り知れないものだ。それを事前に報されていれば、話の多少の振れ幅や脱線があっても、対処できる気構えが出来て聴き容れやすい。
「浅井さんと父は同じ集落で生まれたのかしら」
「そうだなあ、
俺は次男坊としていずれ集落を出るし、それほど先行き気に留めないで、かなり気ままに暮らしていたが茂宗は違った。神社を継ぐには、その資格を得るために自ずと高校生ぐらいから我々とは違うカリキュラムがある。神主としての養成機関でその資格を得るために地道に学習活動をする処が我々とは違っていた。その与えられた道を茂宗も最初は
高校を出てからその道の養成機関に進むと決めて、それまではみんなと同じように自由にしていた。いつからだろうか、俺は率先してそのように仕向けてもいないし、茂宗も最初はそんな俺を羨ましいと思うどころか、此処以外の知らない世界に放り出されると心配さえしてくれた。多分それは弟の聡にも共通している。茂宗は結構弟を可愛がっていたなあ。お前はいずれこの家から追い出される宿命だと、それを俺にも当てはめていた。
「じゃあ父は高校までは将来を棚上げにして好きに振る舞っていたのかしら」
「まあ棚上げではないが、いずれ早かれ遅かれそうなるのならと覚悟を決めていたんだろう。それまではみんなと楽しくやろうと。だがそれと同時に茂宗の居残り組と集落を出て行く俺たちとの間で、家族ってなんだろうって伝染し始めると薪美志兄弟も思考能力がピタリと止まってしまった」
「
これに兼見が突然言い出した。老いて結果として考えるのなら別だが、これから家庭を築こうとする十代で家族を考えると、思考能力が止まるとはどう考えても不自然だ。
「それは父もそうだったんですか」
「そうだなあ、浜辺でなあ」
「浜辺で?」
「特に俺と薪美志兄弟三人で琵琶湖から沖に浮かぶ竹生島を見ながら考えて、そのまま仰向けになると真っ青な空しか見えないんだ」
家族って
バカだなあそれじゃあ、よく考えなくても子供は少ない方が良いだろ、と突然、茂宗が言い出した。
「エッ、どうして」
「俺や聡と、茂宗とは生きる目的が全然違うんだ」
事実此の集落では子供は一人か二人だが、女の子の場合はそうでもない。三人居る家もある。いずれ養子を独り迎えれば良いと云う考えだ。それがあの集落に根付いた風習になっている。誰も疑わない、いや、そのように育てられる。此の独特の教育と云うよりこれは習慣だ。この集落に生まれた宿命だ。それを幼いときから両親は元より、集落みんなが一団となって飼い慣らされてきたんだ。千年以上も、それが別な考えを持つ次男以下を排除してきた。
「茂宗は代々受け継いできた生き方を守る者と、いずれ早かれ追い出される者、聞こえは良いが好き勝手に生かされる者との違いをお互いに羨ましいと思ったんだ」
それは男女に於ける性差で、なにものねだりで愛が
「これは考えと云うより此処に根付いたこれしかないという生き方なんだ。そこに
浅井は四十年前の想いに気持ちを次第に近づけながら心を昂ぶらせ始めた。
「こんにち此処に生を受けて生かされているのはそれを守って代々受け継いできた一族に根付いた風習によって現在から続く未来にも保証されてきたもので、それに疑問を挟む余地はないし、茂宗もそう簡単に今の置かれた立場を否定するなんてこれぽっちも頭の片隅にはなかったはずだ。それで
「父は
「願望だと言って寂しく笑っていた」
「なぜ父はそんな風に変わったんでしょう」
「俺が子供の頃までは、あの集落は陸の孤島として船でしか行き来できなかったのが、次々と道路が開通して車で行き来できるようになったんだ。当然バイクを買ってみんな好きな時間に一緒に走り回って世界が急に開けた。一番恩恵を受けた俺や聡が背中に羽が生えたように飛び回ったよ。その頃だろう茂宗もおやじの神職を継ぐのはもっと後でも良いとのんびりと構えだしたんだ」
「お父さんはその頃に青春を謳歌してたんだ」
そこで浅井はウ〜んと物思いに耽ったように深いため息を
「謳歌し過ぎたんだ」
千年続いたものを一瞬で否定するなんて、それこそ恐ろしい事だ。先ずそれを実行するには此の恐怖を払いのける精神力が必要で、更に行動するには千年にわたって培われたものから逃れる勇気を、茂宗は持ち合わせていたんだ。
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