第7話 薪美志家
朝、目覚めて居間へ行けば両親揃って朝食を摂っていた。別に珍しい光景でもない古い家をそのまま使っている。珍しいのは和室での朝食だ。その場合、友達の家は味噌汁が出るのに、我が家は食パンにベーコンエッグに野菜サラダにミルクティーだった。そう言えば叔父さんの家で出してくれたのもミルクティーだ。あれには驚いた。
我が家はそう広くないが、三人家族には丁度良い広さだ。此処にもう一人増えればどうなるか、狭くはないがもう余分な部屋はなくなる。あたしの部屋がなくなるのは困る。それが夕べの母と喧嘩した口実だ。兼見に言わすと「事業を拡大してそこそこの収入に見合う家を買い換えれば良い」と言うが、両親も彼女もこの場所を気に入っている。問題は敷地が狭く立て直しても部屋は増えないし、風致地区で三階も無理だ。一緒になれば二人だけで市内にマンションを見付けて移り住めばと提案しても、時期尚早と彼女は乗り気ではない。
食事が進んでも両親は夕べのことは何も聞かない。多分会社で兼見から根掘り葉掘り聞くに違いない。肝心なものは直接当人から聞いた例がない。学校で何か起これば些細なことは聞いても、大事なものは当人を抜きにして両親と学校で済ませている。今まではそれで良かったが、昨夜の一件は兼見との根幹に係わりそうなので、なんとか真実を知る方法を探っている。その手始めに父が出勤して母と二人きりになると台所仕事を一緒にした。これにはいつもと違って珍しがられた。が何か引け目を感じているのか雑な食器の洗い方にも余り文句を言われない。と言うより隣に居るのが目障りなんだろう。注意しないのは矢張り昨夜の行動が尾を引いているのか。ならさっさと聞けよと言いたくなったが、お父さんが兼見から情報を聴き取るまで止められている。此の前まで母は気さくに話し合えたのに、結婚話が決まった頃から何かぎこちなくなっている。
昼頃には母に遊びに行くと言って深紗子は家を出た。目的は兼見の昼休みを利用して父の態度を聞き取る為だ。
彼の会社近くにあるごく普通の郊外型でない、繁華街に個人経営の店が軒を並べる、こぢんまりしたファミリー風レストランにした。
兼見にすれば昨夜の今日で、昼食に誘われたのが意外だが、彼女は先にテーブルに着いて待っていてくれた。席に着くなり「よく眠れた」と言われて兼見は、あんなドジを踏んだのには一切触れてこないのに驚いた。
「部屋へ帰れば一時近かったからね」
紙ナプキンで吹きながら彼女と種類の違うパスタを注文した。
「そっちこそ今朝は
「いつもより厳かな朝食だったわよ」
夜中に家を飛び出して、それはどうなってんだ嫁入り前の娘が、たとえ挙式前の相手とは言え何の話題にも上らない何て言う家庭だ。今更ながら此の先には尋常でない両親と彼女への板挟みに遭う多難さを思い巡らした。だがそんな環境で育てられた彼女には普通の生活なのか。ならば先ずは、両親よりも彼女自身の生活態度を、世間並みに見直すべきだろう。
「ちゃんと昨日は帰ったのは知ってるんだろう」
「あの車でこれでもかと派手に乗り付けてやったから知ってるはず」
この辺の感覚が気になったが、この状況をどうしていいものかと今は黙殺した。
「それで出迎えは」
「なかったけど、車から降りて二階を見上げれば二階のカーテンの端が閉まるのを見届けた」
「やれやれ、それじゃ俺を降ろした後はそのまま突っ走ったのか」
あの時は彼も一緒に深紗子の家に事後報告に行くはずだったが「そんな必要もない」と途中で降ろされてしまった。遠ざかる車のテールランプを見送りながら、あの家の内情はまだ掴めていない兼見にすれば、どうして俺を養子に迎えるのか、彼女の行動を見れば益々不安が募るばかりだ。
「あれから何もなかったのなら、今日は早々に呼び出した要件は何なのですか?」
「商品動向にはズバ抜けていても、人の動きには付いていけないようね」
「まあ、言っては何ですけれど、深紗子さんの場合は世間とは掛け離れてますから」
「そうかしら、一応ミッション系の一貫校を卒業した
この辺の感覚が怪しい。いったい西洋の神は彼女に何を教え込んだのか、世間の常識に照らし合わせればほとんど逸脱している。
「学校では聖書は読みましたか」
「まあ、日課ですから、それがどうかしました」
どうもその教えに馴染んでない気がする。じゃあ、あなたは聖書を読んだかと逆に聞かれて。これには実物さえ見ていない、あくまでもテレビやその他の広告媒体から得た範囲だ。
「へ〜え、それであたしに説教するの」
と逆にとっちめられて、彼女の行動に関する意見はすべて却下されてしまった。要するに昨夜の件で父から何らかの説明があったかそれが用件だった。
「社長からは何も聞かれない以上はこちらかは聞けないでしょう」
「いいこと、昨夜の事はあたしに取って知らないものが多過ぎたのよ。それで良くも平気で結納を済ますなんてどう言う了見なの」
一体あたしの何を見ているの、父が与えた地位と経済力ならとっとと考え直して欲しいとまで言われた。
「そんなちんけな考えでなく、深紗子さんそのものに、わたくしの存在意義を見つけ出した以外に何も有りませんよ」
よく言うわね、とも受け取れる微妙な笑みを彼女は浮かべた。
「じゃあ、あなたのその考えを忠実に実行して」
「エッ! あのう、具体的には
どうもそれが今日呼び出した理由だ。
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